堕々文

□満ちる心
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辛い。何が辛いって、背中と腰が辛い。
後は殴られた所も辛いし、あらぬところも辛い。
フラフラと暗い道を歩く。
今は何時なのかと携帯を見れば、たくさんの着信があった。
「ああ•••そうじゃった•••約束•••」
履歴の一番上の番号にかけようとしたら後ろから腕を引かれた。
「仁王!」
「さなだ?」
ぼけっと驚愕している真田を見つめた。
「一体何があったんだ!」
殴られた頬に不器用に触ってくる真田にホッとした。
「まさか•••お前、」
「っ•••」
その続きを言われたくなかった。
自分でも何があったのかわかりたくもなくて、それでも痛みが忘れさせてくれない。
「さなだ」
何も言うなと真田は俺を抱き締めた。
そこで初めて自分の体が震えているのだと気が付いた。
「ごめ、ん」
「何故謝る」
真田の声が優しいから、どばっと涙が溢れてきた。
本当に信じたくなかった。自分がレイプされた事が。
恋人と、真田とした事なかったのに!
初めてがレイプだなんて!
「帰ろう」
「ん、ひぅ•••」
最後に背中をさすって、俺を離すと背中を向けた。
「真田?」
「乗れ。辛いだろう?」
「••••••」
いつまでも乗ろうとしない俺に真田は立ち上がると、無理矢理俺をおぶった。
「さなだ•••すき」
「わかっている。••••••俺も、好きだ」
真田の家に向かっているのだろう。
段々見慣れた景色になっていく。
顔を肩に押し当てて静かに泣いた。
立ち止まったと思ったら着いたらしい。
玄関で降ろされる。靴を脱ぐと今度は横抱きで風呂場に連れて行かれた。
「手当てを、」
「•••そんなに、酷いか?」
「ああ•••」
服を脱ぐと確かに酷かった。
シャワーをかけるとしみて涙が滲む。
「痛むか」
「少しだけじゃ」
これは意地だ。ちっぽけなプライド。
本当は痛い所だらけだ。
体も。心も。思考は忌まわしい事から優しく体を洗ってくれる真田に変わる。真田。好きだ。やっと実った恋。
大切で大切で、ペテン師と呼ばれる俺は軟派なやつだと仲間内から思われている。なのに真田の前じゃどこの乙女だと突っ込まれる程に奥手で。たくさんの女子から告白されたけれど誰とも付き合わなかった俺はキスすら経験していなくて。その初めてのキスは真田として。
「仁王」
「!」
唇に触れる温もりに涙が溢れた。
タオルで体を拭かれている間も涙は止まらない。
浴衣に袖を通し、帯を結ばれた。
濡れたままの髪にタオルを掛けて、抱き上げられると今度は真田の部屋へ。
真田は布団の上で一つ一つの傷の手当てをしてくれた。髪を乾かしてくれた。
抱き締めてくれた。
「ごめ、さなだ、ごめん」
「お前は悪くないのだから謝るな」
「でも」
「頼む•••頼むから謝らないでくれ」
震えている真田の腕が俺をきつく抱き締める。
やっと背中に腕を回す事ができた。
ああ•••真田が好きだ。
今日だけで何度そう思っただろうか。
涙が止まらない。止まれと念じながら瞼を閉じたら真田は瞼にキスをくれた。
それから布団に横にされて抱き合ったまま眠りにつく。
恐ろしい夢を見た。男達に捕まり、再び犯される夢を。
全てを諦めてしまおうかと目を閉じた瞬間に不快な手の感触が消えた。
目を開けると真田がいた。
それで救われたと思った。この心の傷はそう簡単には治らないだろうけれど、真田がいればそれだけでこんなにも心が軽くなる。
真田。真田。真田。
好き、好き、あいしてる。
馬鹿みたいに夢の中で叫んだ。




目を覚ますと部屋の中はうっすらと明るい。そして後ろから抱き締める真田の体温が暖かくて、幸せだと感じた。
寝返りをうって真田の方を向けば、ぐっすりと眠っている。
頬にキスをしてもう一度目を閉じて真田の匂いを嗅いだ。
落ち着く匂いだと思う。くんくん嗅いでいると夢の世界はすぐ側までやってきていた。
抗わずに意識をそちらへ向けると、その世界は幸せに満ちている。
目が覚めたら、ぎゅうっと抱き締めてもらうのだと決めて眠りに落ちた。




End

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