小話

□俺達の日常。
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【野望】

「なんでやねん!」

 退屈そうに雑誌をめくっていたキィスの後頭部めがけて、俺は思い切り右腕を振り下ろした。小気味良い渇いた音が木霊する。

「いったいなあ! いきなり何すんのさ丙!!」

 頭を押さえて睨みつけるキィスの目は若干涙目だ。そんなに強かっただろうか。

「おいおいおい、そこキレるとこやないやろ。俺は何もないのに突然つっこむっつー高度なボケをかましたんやで。ちゃんとつっこんでくれへんと」

 そう、何を隠そう俺の夢はお笑い芸人。いつ何時であろうとも鍛練を怠るわけにはいかない。意外とノリの悪いキィスが相手ってのがいまいち気に入らないがそこは贅沢など言っていられない。誰が相手だろうと完璧にこなさねば。

「で、で、どうやった今の? おもろい? 俺って天才?」
「……あー、はいはい。すごーく面白かったよ」

 誤魔化すつもりすらない棒読みだ。この通り、こいつは時々妙に冷たい。皆が騙されているが、この人懐こそうな笑顔の裏に隠された冷たい心を俺は知っている。

「今にみてろよ。いつか必ず……」
「面白かったけどさあ」

 俺の呟きを遮って、キィスがにっこりと笑う。少しだけ嫌な予感がした。

「すごーく面白かったけど、そういうのって二回は通用しないよね。だから……俺の前では二度とやらないで」
「……」

 二度と、という部分をやけに強調しながら言った。顔は笑っているが目は笑っていない。こいつの最も得意とする表情だ。これを前にするともう何も言えなくなる。
 もしかして俺、嫌われてんのかな。そんな不安が過ぎったが、気にしている暇はない。いつか必ず俺のホットなギャグで爆笑させてやるから覚悟しとけ。

 まるで何もなかったかのように再び雑誌に視線を戻したキィスに俺は宣戦布告した。心の中で。




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