LOVERS
□君が大人になる前に〔前編〕
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「……」
気まずい雰囲気を漂わせたまま、あっと言う間に車は目的地へ到着した。
駐車場に車を停めて、助手席から降りる僕に向かって、またしても父が心配そうに声をかけてきた。
「柊……」
まるで僕の機嫌を伺うように。
そんな父の態度にかすかな苛立ちを覚えながら、僕は乱暴に車のドアを閉めた。
「大丈夫。ちゃんと愛想よく礼儀正しくするさ」
面倒くさそうに言って、僕は父を残してさっさとレストランの扉をくぐった。
「はじめまして、小松由希子(こまつゆきこ)です」
父の再婚相手はそう言ってやわらかくほほ笑んだ。
(父さんって案外面食いだったんだな)
そんなことを考えながら、僕は相手の女性――小松由希子さんを観察した。それから、彼女の隣に座る小さな女の子を。
「小松千裕(こまつちひろ)です。よろしくお願いします」
女の子はそう言って、父と僕に向かってぺこりと頭を下げた。
思ったより大人しそうな子だ。
「はじめまして。高岡柊(たかおかしゅう)です」
僕も自己紹介して軽く会釈した。
顔を上げた瞬間、千裕とばっちり目が合ってしまい、僕は内心慌てた。
千裕は子供らしくない聡明な瞳で、じっと僕の顔を見つめていたのだ。
「千裕ちゃんは、歌が大好きなんだよね?」
問いかける父の声が、妙にわざとらしい猫なで声に聞こえた。
千裕は一瞬驚いたように瞬きしてから、その視線を僕から父へと移した。
「はい。学校で合唱クラブに所属してます」
静かに答える。
やっぱり何だか子供らしくない子だな。この年頃の女の子って、もっとキャピキャピしてないか?
もっとも、そんな風だったら僕は苦手だけど。
僕の疑問が表情にでも出たのだろうか。
千裕はまた僕の顔を見ると、恥ずかしそうに俯いた。
(あ。ちょっと可愛いかも)
思っていたのとは違う、大人しくて遠慮がちな千裕の様子に、僕は少しだけ好感を抱いた。
由希子さんのほうも、僕の想像とは大分違っていた。