痴漢日記〜リーマン編〜
□No.3 須王帝・No.4 松見一
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〈1日目〉
俺の勤め先は大手の服飾メーカー『マツヤ』。
店内には主にスーツや礼服の類が置かれてある。
が、それだけでは昨今の不況に打ち勝てないと、数年前から店内の一角に、若者向けコーナーとして毛色の違った服を置くようになっていた。
しかし、店の雰囲気や質というのもあるので、何でもかんでも置いている訳ではない。
今、そのスペースを占めているのは株式会社スオウの商品だ。そこでは、古布をリメイクした洋服を販売している。大漁旗や着物の一部を取り入れたジャケットやパンツが代表格だ。
「格好良いですねぇ…このジャケット。裏地の桜が凄く綺麗です。サイズ違いはもう無いんでしたっけ?」
客の途切れた昼下がり。
畑さんが、スオウのコーナーで1着のジャケットを手に取っていた。
「えぇ、残念ながら…ですが、畑さんでしたらこちらのデザインの方が…」
そう言って別のジャケットを取り出したのは、スオウの社長、須王帝(すおう・みかど)。
専門知識が必要となる古布リメイクのアドバイザーとして、社長自らそのコーナーを担当しているのだ。
「はは、私じゃありませんよ。息子が誕生日ですのでね。もう16だし、そろそろ大人っぽい形のを1枚持っていても良いかなぁと思いまして…ココのは若い子が着てもとても素敵ですから」
「そうですか。では、こちらの……」
須王が別のジャケットを取り出し、畑さんに手渡そうとした時だった。
「須王っ!」
フロアに怒声が響いた。
またか…
俺が、うんざりしながら声の方へ視線をやると、革靴をカツカツと鳴らしながら、松見が近付いてきていた。
松見一(まつみ・はじめ)。マツヤの現社長の息子で、畑さんより一つ年下だが、ここ、マツヤ本店の店長という地位についている。
仕事は出来る方だが、スオウが出店してきてから、何かにつけ、須王に怒鳴り散らす場面を見掛ける。
「は、はいっ。あの…ごめんなさい、畑さん」
心底申し訳なさそうに頭を下げ、須王が松見に駆け寄って行った。
「お前は勤務時間の自覚もないのか?従業員同士で談笑など、お客様に不愉快だろう」
「すいませんっ」
腰を90度曲げて謝る須王に、松見の冷ややかな視線と怒声が突き刺さる。
気に入らないな……
俺は小さく舌を打ち鳴らした…。
その日の帰り。
俺は畑さんと共に駅に向かっていた。
「須王君と松見君は大学の同期だそうですよ。昔からあんな感じですから、って須王君は言ってましたが……何だか不思議な感じですね」
歩きながら、畑さんがニコニコと俺を見てくる。
「何がですか?」
「いえ、君が他人に興味を持つのが…あの、ち、痴漢以外で…」
後半につれ、畑さんの顔が赤らみ、声が小さくなってくる。
恥ずかしいなら言わなければ良いのに…
年齢に不似合いな恥じらいを見せる畑さんを眺めつつ、内ポケットに手を伸ばした俺は、そこにあるものが見つからず、足を止めた。
「どうかしましたか?」
「あぁ、定期を…」
そういえば、朝、入れっぱなしの煙草と一緒にロッカーに置いたんだった。
今日明日の電車賃が痛いとは思わないが、ラッシュ時にわざわざ券売機に並ぶのは億劫だ。
「まだ遅い時間ではないので取ってきます。残念ですが、今日は友伸と楽しんで下さい」
「…っ…朝日君っ…」
スルリと畑さんの尻を撫でると、俺は元来た方向へ帰ったのだった。