【小さな抗争】


「先輩、ちょっと痩せた?」

部室のロッカー前。隣でジャージに着替え始める先輩を見ながら聞いてみた。

「はあ?ドコがだよ」

先輩がベルトを外す手を止めて、こちらを訝しげに見遣る。
緩んだズボンが少しだけずり下がり、視線を集中すれば黒い下着が垣間見えた。

「腰周り。細くなった気がする」

「そうかよ」

痩せた事など興味は無いとばかりに素っ気なく返され、ベルトが引き抜かれる。
ばさっと落ちる、先輩のズボン。
下着だけになった下半身を隠そうとジャージを手にした先輩の腰に、手が伸びた。

「ホントだな、ヤス少し痩せたんじゃね?」

俺じゃなく、俺とは反対側に立つ二年生の手が。
先輩の腰を撫でながらしみじみと言っている。

「テメェも言うか。触んなよ」

無遠慮に触る同級生の手を、先輩が呆れた様に叩き落とす。
俺がその手をどうにか出来るなら、切り落としている。

「いいじゃんか、減るもんじゃねーし」
「テメェに触られたら減りそうだ。」
「ひでー」

やっぱり同級生だからだろう、親しげだ。
隣で俺は知らんぷり。
ここで何かしても、何かが悪くなるだけだ。
純粋な友達、同じ部活の同級生、これだけでは危害を加えるにも相応の理由が無い。
同じバスケ部の先輩でも恋人しか見ていないに等しいから、俺は顔ぐらい覚えておこうかと、先輩越しにその男を覗く。

目が合った。

一瞬だけ、その二年生の口角が上がる。
触ったけどゴメンね?
にやっと笑った顔がそう言っている気がして、俺はあまり良い予感がしない。

…もし先輩をどうこうしようと思っているなら、それなりに牽制しなきゃ。

俺も微かな笑顔を返してやる。
余裕そうに見える、笑顔を。

明らかに目の色が変わる先輩の同級生。きっと俺の事、ムカついてるんだろうなぁ。


先輩に今の事を言う必要は無い。
あくまで待とう。
意識していると知られるのが屈辱だしね。
子供っぽい嫉妬は、後々先輩にだけ分かれば良い。



着替えを終えて、先輩と部室を出る。
始まろうとしている部活の寸前、密かに顔を寄せて耳打ちをした。

「ね、トイレ行こっか?」

先輩は顔を少し顰め、ちらりと部長達を振り返り呟く。

「…早目に済ませろよ」

そうして足早にトイレへと向かう背中に続く。
何をするか分かっている先輩、でも俺の鬱憤までは知らない。


どうしてあげようかな?


自分しか見れない恥態を想像して、自分の歩みもちょっとだけ早くなった。


――Fin.






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