BASARA小説置き場

□せめてその息の根がずっと続きます様に
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ゆっくりゆっくり、常闇の中を行灯の仄かな灯が辺りをぼんやりと照らしていた。
時折白い靄の様な、人の形を模した影の様なものが、ゆらりゆらりと揺れながらこちらに向かって歩いて来る。
それを横目で追いながら元就は常闇の中を、白い靄とは全く逆の方向を歩いて行った。



(遂に死んだか)



まるで現実味の無い空間、そして見渡す限りの暗闇。
右を見ても左を見ても果ての無い黒。
極楽浄土では無いのは明白だったが、元就はどこか得心していた。
やれ冷酷だ何だと言われ続けて来たが、流石に幾人もの人を殺めながら極楽浄土に行けるなどとはゆめゆめ思ってはいなかった。



(だが果たして誰と戦っていたのか)



ぼんやりと思い返してみるがこれが中々に思い出せない。
軍勢から見るに戦う前から負けが決まっていた事は辛うじて覚えている。
死を覚悟していた。
そして死を前にした己が酷く冷静だった事も、下らないが覚えている。


「最早誰も居らぬ、か」


気付けば己の横を取り過ぎて行った複数の白い靄すら消え失せていた。
見渡す限り何も無い。



未練など無かった。



失うもの等何も無いと、畏れる事はただ、己の敗北だけであった。
大切などとは、何一つ思わなかった。



(何一つ)



それなのに何故、今になって何故、あの顔が頭の中に溢れて止まらない。
とうに忘れると決めていた、あの時の決意が今になって薄れていく。
瞼をギュッと閉じても、その裏側で易々と笑う。



「何故だ」



今更になってこれ程胸が痛むのか、捨てた筈のモノ達が今更になって止めど無く溢れ出すのか。





後悔などしてはいなかった。





他愛の無い日々を、感情を、認めて受け入れるのがただ恐ろしかった。
無償のものなどただただ恐ろしかった。





『元就』





静かな水面にまるで墨筆をぽつりと落とした時の様な、淡くゆっくりと、だが確実に侵蝕して行くかの様な、煩わしく面倒なあの男。
温かいと、人と交わる温度を知った。
いつの間にか逞しくなった腕と、鋭くなった瞳と、厭と拒めど覆されぬ事を知りながら其の実気を許す。
認めたくは無いが、恐らく情はあったのだろう。
今でこそ言える事だが。





「許せ長曽我部」





先に逝く事を。
それでもお前は笑うだろうか。
一度戦場に出れば死を覚悟するのは当然の理。
家族も友も、敵ですらいつ死ぬか分からぬのが乱世。
それでも絶やさぬ様であれと思う。





『笑え元就』





笑い方などとうの昔に捨て置いてきた。
笑えず人を愛せず人を信じず、そうやって生きてきた。





「我を許せ」





何も与えられなかった事をどうか許して欲しい。





「貴様は生きよ」





少しでも永く、永く在れ。





その笑顔が絶えぬ様に。






▼せめてその息の根がずっと続きます様に
(別れを告げずに逝く)

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