FF2

□紅蓮に纏わりし影の往く末
1ページ/3ページ





「さすけ雪でござる!」


未だ子供特有の舌ったらずな喋り方で庭を指差して目を大きく見開いた。
雪何て大して珍しい物でもないだろうに。
溜め息が出そうになるのをぐっと堪えて自分より低い位置にある栗毛色の頭を撫でてやった。


「弁丸様は雪は初めてですか?」


にこりと作り笑いを浮かべて視線を合わせる。
すると大きな瞳を細め、嬉しそうに笑って首を横に振った。


「前にも見たことはあるがさすけと見るのははじめてであろう?」


きらきらと、期待の籠った瞳で見詰められる。
幼い主の言いたい事が何となく分かった。


「もしかして…遊びたいんですか?」

「あそびたい!」

「だけど今からお稽古なんですよ弁丸様。
御父上や親方様の様な立派な武士になりたいんじゃなかったんでしたっけ?」


ジッと見詰め返すと弁丸様はうっと喉を詰まらせて顔を俯かせる。
大事な稽古の時間だ。
本来ならば雪遊び何てしてる暇は微塵も無い。


「さすけ…少しでよいのだ」


ギュッと小さくて温かな手が自分の手を握った。
その動作はどこかぎこちなく、意を決してやったのであろう事が容易に見て取れる。
それが何とも頼り無げで、思わず苦笑が零れた。
子供とはどうしてこう何事にも一生懸命なのだろう。
頑張られると無下には出来ない辺り自分もお人好しであるが、何だか一気に毒気を抜かれた気分だった。





「…じゃあ、ちょっとだけですからね?」





そう言ってやると嬉しそうに微笑んで大きく頷く。


「さすけはやさしいな!」


たったそれだけの事であんなに喜ぶとは、単純な生き物だ。
小さな小さな主。





(つくづく俺様も馬鹿だよねえ)





才知に長ける武将の息子で、金に大して不自由も無く、人を憎む事も、憎まれる事も、ましてや殺す事など

知らない無垢な存在に俺は唯唯羨望し、そして憎らしかった。
この年で既に人を殺めている血に汚れた自分との差に絶望した。
そんな己とは真逆な人間を、今後自分の主として仕えていかなくてはならないのだと思うとやり切れなくて、だから少しだけ距離を置こうと思ったのだ。


せめて深くは関わるまいと。


けれどこの子供は驚く程に頼り無く、そして余りにも世間を知らない真っ白な存在だ。
自分を頼り、そして慕ってくれている。
握られた手からも強くそう感じた。



(案外単純だねえ俺様も)



己の短絡的な思考に苦笑していると、庭を駆け回っていた弁丸様が忙しない様子で駆けて来た。
縁側に雪の玉を四つ置き、直ぐにその玉の上に若干小さな雪の玉が積まれる。
そうして小さな砂利を手に取ると、いそいそと雪の玉の上段に埋めていく。


「どうしたんです?」


首を傾げると弁丸様は悪戯っ子の様な笑みを浮かべて左端に置かれた一番大きな雪の玉を指差した。


「これはおやかたさまだ!」


確かに、他の三つと比べるとかなりデカい。
異様にデカい。
弁丸様にとって武田信玄という人物が如何に偉大であるかが良く分かる。






-

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ