■FF■

□もし死ぬのなら
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時計を見た。
それから色々と考えて、自分が意外と冷静な事にビックリした。
この状況で一番取り乱すのは誰よりも自分だと、そう信じて疑わなかったのに、全く可笑しな話だ。
今頃式場では大勢の人間があいつの為に涙を流している事だろう。
思えば最期を見たのは俺が一番最初で、悲しみよりも驚きよりも怒りよりも、先ず抱いたのは疑問だった。
どうしてこんな事になったのかを冷静に解析して、取り敢えず邪魔なものを取り払ってしまえと無我夢中でロッドを振り回した。
その間中ずっと、あいつとの思い出が走馬灯の様に流れていた。



(あっけないぞ、と)



全壊した元神羅ビル本社の瓦礫の上に座って、ポケットから煙草とライターを取り出し、一本を口に咥えて火を付けた。
どうやら最後の一本だったらしい。
煙草の箱は空になる。


「そう言えば」


吸っている煙草の銘柄が一緒だとか言って騒いだ事もあった。
俺より年上のくせに妙に人が良くて、恐面なのに意外と器用で料理も上手くて、あいつの作った物は何でも絶品だったのを思い出す。



「美味かったなあ…」



温かくて、優しくて、家族何て物心ついた頃にはもう居なかったが、母親が作る料理はきっとこんな感じなんだろうなと真剣に思った事もあった程だ。
それにあいつは俺に対しても優しかった。
触れる指先は優しくて、吐き出す言葉は温かくて、無償の愛情を俺に注いでくれた。
見返り何か求めもしない。
ひたすら俺の我が儘を聞いて、人生それじゃあ詰まらないんじゃないかと逆に心配になった位に。
親兄弟の様な、恋人の様な、兎に角唯あいつの傍が心地好かった。
酒呑んで潰れても、女のいざこざに巻き込まれた時も、社長との関係が拗れて八つ当たりしても、お前は絶対に怒らなかった。
唯ひたすら傍に居て、隣りで優しく笑ってた。
その度に何度も大丈夫だと言ってくれた。



「何が大丈夫なんだ」



もう居ない。
だって声が聞こえない。
いつもなら呼んだら絶対に返事をする律義な人間なのに。



「これは罰なのか…」



お前の気持ちに気付かない振りをしてきた俺に対する罰なのか。
受け入れる事も、拒む事も出来なかった俺に対する仕返しか何かか。
だったら謝るから、だから



「…返事しろよ」



煙草を持つ手が震えた。
鳩尾の辺りが苦しい。
優しい思い出だけが残酷な現実に取り残され、お前だけが居ない。






『レノ』

「血が…凄いぞ、と」

『怪我は無いか?』

「無い…けど」

『そうか…良かった』


お前のソレ…と言いかけて言葉を遮られる。
あんまり穏やかに微笑むものだからうっかり口を噤んだ儘にしてしまった。
気付いた時にはもう既に力無く腕がコンクリートの上にだらりと投げ出されていた。
それをその侭ズルズルと引き摺りながら会社迄戻ってオフィスに投げ出すと、それを見たツォンさんと社長とイリーナが蒼い顔をして何があったのかと俺の肩を強く揺すって問い質した。
今思えば当然だが。



「なあルード」



俺を庇ったり、代わりに死んだりとか、格好良い事なんかしなくて良い。
生きててくれりゃあそれだけで俺は十分だった。
こんな結果は望んで無い。
要らない。



「返事しろよ!!」



好きだとか愛してるとか反吐が出そうな程甘い甘い言葉を言ってやるから。
だからどうか返事を。
名前を呼んで。
いなくならないで。





「何処にも行くな!」





明日からはお前の居ない日々が日常に変わる。
煙草を吸えばお前の匂いを思い出すんだろう。
俺は今日という日をきっと一生忘れない。
俺はお前の分まで生きるだ何て嘘でも言えないよ。
お前の存在しない世界で、果たして生きていけるのかも疑わしい。





「ルード」





▼もし死ぬのなら
(お前より先が良かったよ)

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