■FF■

□君の世界はね、僕のモノだから
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ゆるりゆるり。
髪を梳きながら「お前の赤は綺麗だね」と彼は言った。
瞳を伏せた、金色の長い睫毛が視界に映る。
骨張ったしなやかで長い指が髪から頬へと滑る様に降下し、優しく撫でられた。
唯一甘えられる存在。
自分が社長にとってどんな位置であったのかは知らないが、そんな事初めは別にどうでも良かった。
兎に角彼が自分の世界の中心なんだと、そう思っていれば良かった。


「まるで林檎の様だな」


慈しむ様に紡がれる社長の言葉は耳に心地好く、触れる指先は温かい。
俺の全てだ。
俺の世界の全て。





だけど社長は違う。





本当は全部人のモノ。
本物だけど借り物。
その瞳も唇も、優しくて大きな手も、全て偽り。
どんなに切望しても手に入らないのだ。
俺にはその資格が無いから。


「赤何て嫌いだ」


ギュッと握り締めた指が手の平に食い込む。
痛みに顔を顰めると社長はそっと俺の指を解いた。


「レノ」


優しく微笑みながら、諭す様に名前を呼ぶ。



(羨ましい)



眩しい。
美しい金色。
俺には無い色彩。
すっ、と憎いあの男の顔が脳裏に浮かんだ。
社長と揃いの色で、同じ造りのあいつ。



「俺だって社長と同じが良かった…」



そうすれば今より少しは近付けるのに。
この一身に社長の寵愛を受けれた筈なのに。



「あんたの子供になりたかった」



あいつに通う血を全て抜き取って、俺の血として体内に注入して循環させたい。
そんなの無理だけど。
だから全部が全部憎い。
社長の子供が憎い。
大嫌いだ死ねば良いのに。


「そう言ってくれるな。
私はお前が私の子供で無くて私は良かったと思うよ」

「…っ!どうして!?」

「私は私が嫌いだ」


自分自身を愛せないのだと、そう言って社長は寂しそうに笑った。


「だから私は私と瓜二つのあの子供を素直に愛してやれない。
こうして髪を撫でてやる事も、優しく触れてやる事も出来ない」

「社長…」

「酷い父親だと自分でも理解してはいるさ。
だがいずれルーファウスは私の跡を継ぐ事になる。
目に見える愛情を与えてはやれない。
優しさだけで会社は経営出来ないからだ」


俺の髪を撫でながら、何処か遠い目をして言う。
やっと得心がいった。


「その点レノ、お前は私の子では無いから素直に愛情を注いでやれる」

「……」

「それでは不満か?」

「……不満何か初めからある訳無いでしょう?」


要するに俺はあの子供の代わりなんだろう。
ルーファウスに注がれる筈の愛情を、たまたま年の近い俺が受けているだけ。
だからどこか虚しいのだ。
満たされないのだ。
苦しいのだ。
不満かと問われれば大いに不満ではあったが、そう口にすれば社長はもう俺を愛してはくれなくなる。
そう確信していた。
言える訳など無い。
幼い時分から拾い育ててくれた恩人に、元より意見などしてはならない事も、その権利が無い事も分かっている。



(全ては偽り)



泣きそうだった。
必死に涙を堪えて、ツォンさんと約束があると告げて急いでその場を後にした。






走って走って、辿り着いた先は会社の屋上。
肩で息をして、少し落ち着いてから扉を開放つ。
するとそこには既に先客が立って居た。
あの人と揃いの金色の髪。
夕日に当たってキラキラと宝石の様に輝いている。
自分と大して変わらない背丈、だが見目の麗しさでは到底敵わない。
だって社長と同じ血が、DNAが、あいつの中にはある。



狡 い



憎しみの念を込めてその背中に視線をぶつけると、奴の勘が働いたのか、目敏く俺の方に振り返った。





「レノ」





まるであの人の様に名前を呼ぶ。
一緒に居るとやはり血縁者なのだと嫌でも理解させられた。
社長の仕草の片鱗を時たまに見せられる。


「若様が護衛も付けずに何でこんな所に?」


厭味たらしく「弱いんですから怪我をされますよ」と付け足して問い掛けたら、ルーファウスは父親そっくりの食えない笑みを浮かべた。


「もう少し気配を隠せないのか新人」

「は?」

「面白い程嫉妬と憎しみの念がだだ漏れだな。
それで良く精鋭部隊のタークスに入れたものだ。
それとも見て呉れで勝ち取ったのか?」


厭味に厭味で返すとルーファウスは興味無さ気にまた視線を夕焼け空へと向ける。
俺は腹が立ってツカツカとルーファウスの隣りまで歩み寄った。


「お前よりかは俺のがよっぽど強いぞ、と。
試してみるか息子様?」

「随分と父に熱を上げている様だが、どういう了見だ。
俺の代わりにでもなったつもりなのか?」

「ふざけんなよ、と。
てめぇの代わりになる気なんざ更々無い」

「ないのではなくてなれないの間違いだろう」

「なんだとっ!?」


痛い所を突かれて思わず胸倉を掴んでしまった。


「あんな男、欲しいのならば幾らだってくれてやる」

「社長を物みたいに言うな!」

「俺にとってあいつは出世の道具以外の何でもない。
お前こそ息子の身代わり人形に成り下がっていつまでごっこ遊びをするつもりだ」


淡々とそう言い放つ。
睨み上げた先の瞳は、暗く陰っている。
何故、何故、俺に無いモノを沢山持っているくせにそんなに満されていない眼をしているのだろう。


「何が不満なんだよ」


家族も金も地位も名誉もあるじゃないか。
幸せの条件がこんなにも揃っているのに、何故そんなにも空っぽな眼をしているのか理解に苦しむ。


「家族何てものは所詮こんなものだ。
未だごっこ遊びの方が幾らかマシとも言えるな」

「…何でも持ってる奴が言える台詞だろ!
我が儘なんだよお前!!」


これでもかと言う程大きな声で罵声を飛ばした。
苛々する。
ルーファウスは静かに怒っているのだろう。
黙ってはいるが瞳がまざまざと怒りを表していた。





「お前には一生分かる訳が無い。
俺はあいつの息子に生まれた自分を心底恨んでいる」





自分自身を愛せないのだと呟いた社長の顔と重なった。
嗚呼、あんたもなのか。
厭味な程親子揃って良く似ている。


「見ていろ、いずれはこの会社も、お前も、全て俺の物になる。
親父の時代ももう長くは無い」


ぐっと手首を掴まれ、唐突に唇を塞がれた。
夕焼けに染まるルーファウスの顔が酷く煽情的で、フェンスの冷たさを背に感じながらその儘二人でズルズルと地面になだれ込む。





「レノ」





まるで呪いの言葉だ。
地面に組み敷かれ、ルーファウスの顔に影が差す。
縋る様に掴まれた手が、顔が、熱い。
嗚呼こんなにも憎らしくて堪らないのに、この手を振り払えない自分が腹立たしい。
きっと社長に似てるからだ。
とてもとても似てるから。





「まるで林檎の様だな」





穏やかに微笑んで俺の赤髪をやんわり握って撫でた。
あの人と同じ顔であの人と同じ事を言うものだから、俺も釣られてうっかり笑ってしまった。





「あんたにはやらないぞ、と」





警鐘が鳴る。





心まで崩されてはならない。
仮に社長が居なくなって、こいつがその座に就いたとしても、この身は全てプレジデント神羅のモノだ。





(くれてやるかよ)





例え眼前で微笑むこの顔があの人と同じだとしても。





「本当あんたなんか殺してやりたい」





確認する様にもう一度だけ口付けを交わした。






▼君の世界はね、僕のモノだから
(俺はあの人のモノでなくてはならない)

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