小説

□crystal sound
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【16】

 そう考えたら、ぞっとした。今日のあるじのお仕置きは、今までベルの音を聞き逃していた罰なのかもしれない。今までお咎め無しで許されていたことが、ついに今日、爆発してしまったのかもしれない。
 あるじはそれでも、私を捨てずにいてくれた。私を傍に置いてくれた。罰だけで許そうとしてくれた。そんなあるじを、私は拒んだ。謝罪の言葉で、撥ね退けた。罪の気持ちは確かにあった。捨てられたくないという理由で、許しを乞うた。けれどもその中には、ただ行為を止めてほしいという、拒絶の言葉も含ませてしまっていた。
 鉛を飲み込んだように胸が苦しい。罪悪感が込み上げてくる。嫌だ嫌だ。私はあるじと一緒に居たい。あるじの傍に置いてほしい。捨てられてしまったら、私は生きてはいけないのだから。他の場所では、生きていく術を知らないのだから。
 奥歯で涙を噛み締めた。そのとき、ふと思いついた。あるじの傍に居るためには、あるじに必要とされるしかない。今のあるじが求めているもの。今のあるじが必要とするもの。その手がかりが、例の部屋にあるかもしれない。
 あの、私は入室が禁止されている部屋に。
 今日はあるじが、仕事の会合で外出する日だ。外出したら一瞬だけ、あの部屋の中を除いてみよう。そして、そこで手がかりを得よう。あるじに必要とされる人間になるために。
 やっと私は立ち上がれた。あるじはもう、例の部屋から戻っているだろうか。早く外出準備を済ませなければ。これ以上、あるじを怒らせる要因を増やしてはいけない。急いで準備に取り掛かろう。
 荷造りのために、私はあるじの部屋へと向かった。向かう前に、ちらりと窓の外を見た。特に意図はなく、偶然、視界に入っただけだった。窓の外には、いつかの人影があったような気がした。

 手早くあるじの荷造りを済ませて、私は玄関ホールへと向かった。よかった、あるじはまだきていない。胸を撫で下ろすと、背後から冷たい声が飛んできた。


 
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