小説

□crystal sound
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【1】

 ちりん、と水晶のベルが鳴る。その音で私は、あるじの居場所へと向かう。あるじが私を呼んでいる。目覚めたあるじが、私のことを呼んでいる。
 広い屋敷の中を、私はあるじの元へと急いだ。部屋まで辿り着きドアを開けると、あるじはベッドの上にいた。
 白いシーツに埋もれるように、白いあるじがそこにいた。
 白くて華奢な体躯に、白いシャツを纏っている。シャツの袖で瞼をこすり、白い頭髪をふわりと揺らす。寝起きのあるじは気だるげで、同性の私でも、思わず見惚れてしまうほどだ。
 あるじは私の姿を見ると、にやりと微笑し、ベッドへ腰かけた。投げ出した足を私に向けて、冷たい声で言い放つ。
「お前、朝の挨拶は?」
 私はあるじの元へと寄って、差し出された足の前で跪く。あるじの足を両手にとって、その足の甲に、口づけを落とす。
「……おはようございます、あるじ」
 あるじは満足そうに、蕩けた視線で私を見下ろした。それからゆっくりと立ち上がり、再び冷やかな視線を私へ向ける。
「俺の服は?」
 私はすぐに立ち上がり、クローゼットからあるじの服を取り出した。白いシャツに白いスラックス。いつものあるじのお召し物だ。
「失礼いたします」
 私はあるじに断ってから、寝巻のボタンを外していく。続いて下も脱がしていく。華奢な体躯が露になる。私と年齢は1つしか変わらないはずなのに、あるじの身体は、酷く脆そうに見えてしまう。同年代の子供より、細くて、簡単に壊れてしまいそうだ。
 だから私は丁寧に、あるじの四肢を導いていく。白い身体を、白い洋服で覆っていく。身支度が整うと、あるじは枕元のベルを手に取った。水晶でできた、小さく簡素なベルを鳴らした。
 ちりん。
 広い広いこの屋敷に、ベルの音が響き渡った。子供2人だけの孤独な屋敷には似つかわしくない、優しく澄んだ音色だった。
「朝食の用意を」
 それだけ言って、あるじは部屋を後にした。あるじの声も澄んでいる。ただし水晶のベルとは異なって、冷たく私の胸に突き刺さる。


 
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