小説
□the snow
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【1】
寂れた家屋を風が揺らす。既に古木の塊と化しているこの建物は、少しの衝撃でも倒壊してしまいそうだ。降り積もった雪が屋根ごと家を押し潰してしまうのも、もしかしたら時間の問題かもしれない。
普段はそれでも構わなかった。この家の住人は、とうの昔にいなくなっているのだから。
けれど、今日だけはそういうわけにはいかなかった。何故なら、雪の積もった屋根の下には、詰襟の制服を着た少年が独り蹲っているのだから。
少年は泣いていた。恐怖に慄き、寒さに震え。空腹を抱えて、ただただ苦痛の時間が経過することばかりを祈っていた。
「明日の朝までそこにいろよ。そうすれば、お前を男として認めてやるから」
男子生徒の強い口調が、外から廃屋をびりびりと振動させる。それで建物が崩れてしまうことはなくても、少年はその声を恐怖以外の感情で捉えることはできなかった。
老朽した木の壁からは、冷たい隙間風が容赦なく少年の身体に吹き当たる。それが、ますます少年を縮み込ませた。
吹く風に運ばれて、雪を踏みしめ遠ざかって行く数人の足音が聞こえてくる。この廃屋は町はずれの森の中に存在しているため、彼らが去ってしまえば、少年は本当に朝までここに独りでいなければならなくなる。小屋の唯一の出入り口である扉には外側から錠が掛けられているようで、少年が自ら外へと逃げる手段はなかった。当然、少年がいくら小柄だとはいっても、ひび割れた木の壁に身体を強く当てれば、穴をあけてそこから外に脱出することは可能だろう。しかしそんなことをすれば、安定を無くした屋根に押し潰されてしまう可能性が大いに予測できる。だから少年は、それをせずに嘆くばかりだった。最もこの少年には、それを行なう勇ましさは欠片もなかったが。
「ワタルのやつ、今頃怖くて泣いてるぜ」
廃屋から立ち去って行く中の、1人の男子が言った。
「ワタルって、本当に弱虫だよな」
だから俺たちが鍛えてやらなくちゃ、などと言って男子たちはけたけたと笑った。そして、くるりと背を反転させ、ワタルと呼ばれた少年に向かって叫んだ。
「せいぜい、雪男や雪女の餌食にはならないように気をつけろよー」
人ならざる者の名前さえ冗談に交え、男子たちはワタルの恐怖心を更に煽って嘲笑しながら去っていった。