小説

□とりっく☆ついんず
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【1】

 その年の夏の終わりは、最悪なものとなった。僅か16年間の人生の中で、なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。高校生になったからと言って、楽しい夏休みを送れるなんて最初から期待していなかった。けれども神様は、なんて最低な贈り物をしてくれたんだ。神様の存在なんて信じていない。だけどこのときだけは、存在を信じた。そして、呪った。
 俺は今、子供を1人押し倒している。両手首を掴んで、身動きを封じている。まるで俺は罪人のように、目の前の子供を襲っているかのように見えるだろう。いや、そうとしか見えない体勢になっている。不可抗力だ。
 傍にはもう1人子供がいる。その子は泣いている。泣いて、喚いて、叫んでいる。違う、俺が泣かしたんじゃない。勝手に泣き出したんだ。それでもきっと、俺が泣かしたように見えるのだろう。いや、そうとしか見えない状況になっている。ここは、俺の部屋だから。
 部屋には3人しかいなかった。俺と、俺が押さえつけている子供と、泣き叫んでいる子供の3人。俺が1番の年長者。そして同時に、部屋の支配者でもある。当然子供たちより力は強い。俺は児童虐待なんてしていない。けれども状況証拠は完璧だ。後は目撃者でもいれば、言い逃れなんてできないだろう。
「……紅太(コウタ)、なにやってんの」
 俺を呼ぶ声がした。恐る恐る顔を上げると、部屋のドアが開いていた。そこに立っていたのは、俺の親。絶句している。視線が交わったまま、時が止まる。
 顔が引き攣る。筋肉が痛い。早くこの子から手を放さなくちゃ。頼むから泣き止んでくれ。どこかに消えてしまいたい。みんな、この部屋からいなくなってくれ……。
 俺の頭は混乱していた。だからこの後、数十分間の記憶はない。思い出したくもない。
 子供の泣き声と親の説教する声を、同時に聞いていたことなんて。


 
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