小説

□χ〜cross〜
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【1】

 厚手のカーテンを透かす夕日が眩しかった。濃いオレンジの光が、ベッドに横たわっている僕の顔を照らしている。身体を起こすと、部屋中が太陽と同じ鮮やかな色に染め上げられていた。
 窓の方へと向き直って、お気に入りのテディベアを抱え込む。僕のテディベアはとても大きい。座ると頭が同じ高さになる。顔を埋めて息を吸い込むと、陽だまりの匂いが鼻先を擽った。
 1日の中で、この時間が1番好きだった。大好きなテディベアを抱いて、大好きな夕日を眺める時間が好きだった。夕日は僕を包んでくれる。そのオレンジの光の中で、溶けてしまいたい気分になる。夕日は好きだけれども、それと同じくらい、どうしようもなく寂しい気持ちになってしまうんだ。
 どうしてだろう。思い出してしまうからだろうか。僕がまだ、とても小さかった頃。赤く燃える、鮮やかな夕日を見たことがある。その日からだ。僕が、夕焼けの時間を好きになったのは。
 テディベアを強く抱き締める。思い出すと、あの頃に戻りたくなってしまう。あの頃は、見るもの全てが煌めいていた。心が活力に満ち溢れていた。
 いつからだろう。こんな僕になってしまったのは。時々思い返してみる。けれどいつも、答えは同じだ。いつからだったかわからない。だから今日も、1日をベッドの上で過ごすだけだった。
 インターホンの鳴る音が聞こえた。いつもと同じ時間だった。1週間に1度、この時間になると鳴り響く音。
 パタパタとスリッパが廊下を鳴らし、玄関のドアが開かれる音が聞こえる。それからすぐに閉まる音がして、今度は僕の部屋のドアがノックされる。
「……未琴(ミコト)?」
 お母さんに呼ばれても返事をしなかった。動こうともしなかった。この時間の僕は、静かに夕日を眺めているだけだった。
「プリント、下のテーブルの上に置いておくからね」
 いつもと同じ台詞を聞き終えると、再び静寂が訪れる。今日の夕日はいつもより眩しい。窓の外に広がる夕焼けの町を、頭の中に思い描いた。直接、窓の外を見ることはできなかった。カーテンを開けようとしなかったから。
 こうして今日も1日が終わる。きっと明日も、同じ1日を過ごすのだろうけど。


 
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