小説

□†〜cross〜
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【1】

 今日も1日が終わりを告げようとしている。夕日色に染まる下校の町並みを歩きながら、鮮やかな景色を眺めて感嘆のため息を吐いた。照り返しが眩しくて、思わず顔を掌で覆った。それでも今日の夕焼けを網膜に焼きつけようと、太陽から目を逸らそうとはしなかった。
 夕焼けは、今日の終わりの合図なのに。
 色が濃いせいだろうか。それとも光が強いからなのか。夕日の輝きは、真っ直ぐ俺の中へと突き刺さる。それが活力となるように、不思議と足取りが軽くなる。
 今日もあいつはこなかった。
 中学に入ってから、まだ1度も出席していない奴がいる。俺は今、そいつの家へと向かっている。家に行くのは初めてではない。毎週1回、1週間分のプリントを持ってそいつの家へと足を運ぶ。今日でいったい何回目になるのだろう。最初は面倒だったが、もう慣れた。
 それに少しくらい遠回りをして帰る方が、俺にとっては好都合だった。普段は歩かない道を歩き、普段は見ない景色を見る。見慣れた種目の木々を見たって、環境が変わればキラキラと輝いて視界に映る。
 そういうものが好きだった。カバンからカメラを取り出して、狙いを定めてシャッターを切る。乾いた音が空気を裂き、見ていた景色をフィルムへと切り取る。デジカメなんて使わない。現像されるまでの待ち時間だって、仕上がりへの期待が膨らむ楽しいひと時だ。
 夕日に向かってカメラを構える。ファインダー越しに太陽を捕らえる。強過ぎる光が痛くて、自然と視野が細められる。
 今日の夕日は格別に綺麗だ。明暗も濃淡も、輪郭さえもはっきりとしている。強く存在を主張する風景。全身で光を浴びると、過去の記憶が甦る。
 あの日の夕暮れも、今日と同じくらい眩しかった。
 俺がまだ、幼い頃の遠い記憶。あの日の景色は、死ぬまで絶対忘れない。忘れられるはずがない。強いオレンジの光と、掌に残る温もりを……。
 あと少しで、クラスメイトの家に着く。目の前に伸びる道を見詰めて、大きく1歩を踏み出した。
 燃える太陽はいつまでも眩しかった。そしてやっぱり、綺麗だった。


 
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