小説

□crystal sound
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【15】

 あるじと、口づけを交わしていた。そう気づくまでに幾ばくかの時間を必要とした。許してほしかった。解放してほしかった。けれども身体は弛緩していて、撥ね除けることも儘ならない。やがては膝から崩れ落ちて、床へとへたりこんでしまった。
 あるじは私の背中を抱き留めるようにして、緩やかな所作で私を床へと傾けさせた。それから服の裾を捲り上げられ、身体に1つ1つ、キスを落としていく。
 あるじの唇が、私の肌に吸いついてくる。柔らかな感触が、湿った肌をなぞっていく。鎖骨を食む。胸部を撫で上げる。臍の周りを辿って、舌先で肌をつつかれた。時々刺すような痛みがしたかと思うと、そこには、唇で作られた痣が残されていた。
 あるじは私を貪っている。私が喘ぎ悶えている姿を見て楽しんでいる。これは完全なお仕置きだ。水晶のベルで呼ばれたことに、私は気がつかなかったから。その怒りを鎮めるために、あるじは私で憂さ晴らしをしているんだ。
 そのことに気づき、私は胸が苦しくなった。
「申し訳、ございません……申し、わけ……」
 涙を噛み殺した謝罪は、途切れ途切れに震えてしまった。何度も言葉を繰り返していると、あるじは私から唇を離した。そっと、名残惜しそうに。
 あるじは私から離れて立ち上がる。私が表情を伺う前に、すぐに踵を返してしまった。
「例の部屋に行く。荷物の準備を」
 戻ったら、すぐに出発する。そう言い残して、白い廊下を歩いて行ってしまった。
 私はすぐに立ち上がらなかった。白い天井をぼんやり眺める。眺めて、私はあるじを想う。
 最近のあるじは不安定だ。例の部屋に行く回数が増えた。私への悪ふざけも増えた。代わりにベルのなる回数は減った。けれどもそれは、私が気づいていないだけだったとしたら?
 今までなら、水晶のベルの音を聞き漏らすことなんて1度もなかった。けれどもそれが、私が気づいていなかっただけだとしたら。今回のようなことが、何度も繰り返されていたのだとしたら。


 
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