小説

□crystal sound
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【18】

 胸を一突きで射止めるような、鋭い声。あるじの声だ。あるじの声はよく通る。大きくないのに、冷たく響く。まるで水晶のベルの音のように。
 私は玄関から事の次第を眺めていた。外には出られない。近寄れない。あるじの傍に居たいのに、私は関係者になることはできない。
「ふざけているのか」
 何が起こったのか、遠目で見守るしかできない。あるじは葉っぱにまみれていた。あるじだけじゃない。その周囲には、細かい葉っぱが散り散りになっていた。
 さっきの風だ。さっきの風が、庭師が手入れで切り落とした植込みの葉を飛ばしたんだ。それがあるじに降りかかった。あるじはそれを、庭師のせいだと責め立てている。
 庭師はひたすらに謝罪している。忙しなく口を動かしている。あるじの声ほど通らないのか、庭師の声は聞こえない。けれども謝罪の言葉と説明と、繰り返しあるじに告げているように見えていた。
「もういい」
 あるじはそれを、ひと言で制した。
「貴様ら全員、次からこなくていい」
 連帯責任だとでも言うように、それだけ簡潔に吐き捨てた。あるじは庭師に背を向ける。1度も振り向くことなく、門の方へと歩いていった。門の外には、あるじを出迎える社員と車が待機していた。あるじはそれに速やかに乗り込む。まるで最初からそこに何もなかったかのように、車は静かに立ち去っていった。
 後に残された庭師たちは、その様子を呆然と眺めていた。それから車が見えなくなると、すぐに作業を再開した。何事もなかったように、機械的に。これが彼らにとっては、この屋敷で最後の仕事となるはずなのに。

 あるじのお見送りが済んだ後、私は例の部屋へと向かった。例の、あるじが籠る謎の部屋。ハウスキープが仕事の私が、1度も入室したことのない部屋。部屋には何があるのだろうか。部屋には、あるじが求めているものがあるのだろうか。私が求める答えがあるのだろうか。私が求める、あるじとの結束をより強固なものとする答えが。


 
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