小説

□crystal sound
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【19】

 部屋までの廊下が永遠にも感じた。永遠であればいいとも思った。私は答えを欲していたけれど、その答えを知ってはいけない予感も覚えていた。その答えを知ったとき、あるじと私の関係を変えてしまう何かが起こる。……そんな予感。
 それでも私は答えを求めた。あるじの傍に居たいから。ずっと仕えていたいから。どんな嫌がらせを受けても、お仕置きをされても。私にとってのあるじは、あるじしか居ないのだから。
 気づいたらドアの前に辿り着いていた。辿り着いてしまった。例の部屋が私の目の前にある。このドアを開ければ、きっと答えが見つかるはずだ。
 心臓が高鳴る。足がすくむ。ドアノブを掴む手が震えている。ひと呼吸してから、ゆっくり手首を捻って押した。扉が開く。私の目の前に、1つの答えが姿を現した。
 真っ暗だった。
 電気を点けていないから、ではない。電気がなかった。部屋にあるのは、ただの闇。窓も椅子も机もない。その部屋は全部が黒でできていた。壁も、床も、天井も。全てが黒で埋め尽くされていて、それ以外には何もない。全面黒塗りの箱のようだった。
 まるで、私みたいだった。
「まるで、お前みたいだろう」
 肌が一気に粟立った。目の前に広がる黒を見つめたままで、私は硬直してしまっていた。動けない。動きたくない。背後には、私の恐れが待っている。
「遂に見つかったか」
 声の主は短くため息を吐いて、私の前へと回り込んだ。声には落胆が込められていた。それから物悲しさと、諦めと。その声は水晶のベルの音のように、黒い部屋へと響き渡った。
 あるじが居た。先ほど会社へ向かわれたはずのあるじが、今、私の目の前に居る。
 どうして。
「忘れ物を取りにきたんだ。そうしたら、お前が見当たらなかったから」
 私の思考を先回りするように、あるじは言った。
「この部屋は、戒めなんだ」


 
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