小説

□crystal sound
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【20】

「……戒め?」
 意味がわからず、同じ言葉を返していた。
「お前の気持ちを理解するため」
 お前の孤独を、理解するため。
 あるじは黒い部屋の中央に立った。黒い空間に、白いあるじが、ただ独り。あるじのシルエットが白光して浮かび上がっているように見えた。何もない空間。漆黒の空間。その中で無防備に存在している、白いあるじ。酷く孤立している。脆く矮小に見える。意味もなく排斥されているように思えてしまう。これは、まるで……。
 まるで白い屋敷の中の、黒い私みたいだ。
「そういうことだ」
 私の表情から読み取ったらしい。気づいたか、とでも言いたげに、あるじは私へ笑みを見せた。胸が締めつけられる、とてもとても哀しい笑みを。
「お前への仕打ちが酷いのは、理解しているつもりだった。だからこうやって、自分にも罰を与えていた」
 私に嫌がらせやお仕置きをした後に、あるじはこの部屋を訪れていた。それは私に与えた苦しみを、あるじ自身でも抱え込むための儀式だった。
 白い屋敷で、黒1点の私。
 黒い部屋で、白1点のあるじ。
 相反する2色は決して交わることを知らず、孤独の苦しみへと呑まれていく。広い屋敷には、白いあるじと黒い私。今までの2人の生活は、常に孤独の中にあった。
 理解していたはずなのに。何度も自身に言い聞かせていたのに。それでも私は、常にあるじと在ると思っていた。思いたかった。思いこもうとしていた。そんな身勝手な願望は、結局、あるじを苦しめていた。
「でももう、お前の心が俺にないことくらい……そんなことくらい、わかっていたんだ」
「そんなこと……っ」
 私の心は、常にあるじのお傍にあります。そう弁解しようとして、必死にあるじに縋ろうとして、私は声を荒げていた。けれどもそれは、すぐにあるじに制された。あるじが私の方へと伸ばした、右手に握られた水晶のベルによって。
 あるじは右手を軽く揺らした。水晶のベルは、闇の中で小さく揺れ動いただけだった。
 ベルは、音を響かせなかった。
「なぜ、ベルが鳴らないのですか……?」
「鳴るはずがないだろう」


 
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