小説

□crystal sound
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【22】

 幻聴。
 どうやらそれが答えらしい。今まで私が聞いていたベルの音は、全部私の幻聴だった。あるじが私を必要と思ったとき、私はそれを無意識に感じ取っていた。それが水晶のベルで呼ばれているような錯覚を引き起こしていた。つまりは、そういうことらしい。
 考えてみれば当然のことだ。この広い屋敷の中でどこにいても聞こえるベルなんて、そんなものが存在するはずはない。あるじは私を呼ぶとき、ベルを使う。私を呼ぶときに「だけ」、ベルを使う。そう思い込んでいたからこそ、私にはベルの音が聞こえていた。目の前であるじがベルを揺らしたときでさえも、澄んだ音色が響いていると思い込んでいただけだったんだ。
 あるじは目を伏せって、僅かに口角を歪ませていた。全部お見通しだったようだ。
「今までお前をこの屋敷に捕らえていたつもりだった。けれどもう、それも終わりだな」
 そんなはずはない。私はまだ、あるじに仕えていたいのに。あるじの傍にいることでしか、私の居場所を作ることができないのに。
 お願いします、あるじ。どうか私を捨てないでください。
「……とうとう俺は、お前にも捨てられてしまったんだな」
 あるじは落胆のため息を吐いた。言葉の意味がわからなくて、時が止まったような感覚に陥る。
 あるじが、私に捨てられる?
「それは……どういう意味でしょうか……?」
「そのままの意味だ」
 だってお前は今まで聞こえていたベルの音が、今は聞こえなくなっているんだろう? あるじは私に、そう問いかけた。私はそれに、頷くしかなかった。
「つまりお前の心は、もう俺に向いていないってことだ」
 自分自身で気づいていなかったのか、とでも言いたげな眼で、あるじは私を見つめている。
「お前は外に出たかったんだろう?」
 そんなことないです。言おうとして、私の脳裏に1つの記憶が蘇った。


 
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