小説

□†〜cross〜
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【2】

 今週も、あいつの家にプリントを持って行く日がやってきた。少し遠回りとなるが、俺の家とあいつの家とは学校から同じ方向にある。家同士は、それほど離れていなかった。だけど学区の関係で、小学校は別々だった。
「天田(アマダ)、未琴(ミコト)……? さぁ、よくわかんねぇ」
 天田未琴と小学校が同じだったという友達に、過去の未琴について訊ねてみたことがあった。けれど返ってくる答えは、誰でもいつでも同じ内容だった。
 欠席した分のプリントを届けるようになってから、既に2、3か月は経過している。それでも俺は、未だに未琴の姿を見たことがなかった。届けたプリントは、全て彼のお母さんが受け取っているから。
 ヒキコモリ、というやつのようだ。お母さんは綺麗な人だったけど、本人はどんな奴なんだろう。ずっと部屋に閉じ籠っているのだから、腹の肉がプヨプヨとしている奴なのか、もしくはガリガリの骨人間みたいな姿だったりするのだろうか。情報がゼロだから、想像は無限に広がっていく。ただし、あまりよくない方向に。
 今日は朝から、空が灰色の雲に覆われている。町全体が活力を失い、息をひっそりと静めているように感じる。普段から人通りが少ない道だと知っているのに、それでもとても寂しい気分になってしまう。
 だから俺は、カバンの中からカメラを取り出した。レンズを空へと向けて、分厚い雲を視界に捉えた。レンズ越しに見えるものは、濃い灰色をした雲だけだった。
 とても低い位置まで落ちてきているようだった。手を伸ばせば、大気中に浮かぶあの不思議な物体を掴めてしまいそうだった。掌を空に向けると、レンズの中に俺の手が映った。影となり、黒く染まって自分のものではないように思えた。
 そして俺はシャッターを切った。晴れの日では決して撮れない、幻想的な1枚が出来上がった。明日は休日だから、朝1番で写真屋さんへ行ってこよう。現像してもらうのが、今からとても楽しみだった。


 
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