拙作、小説
□男女ショート[全6作]
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「闇の中の天使」
私は暗闇の中にいた。
気がついたら辺りは真っ暗で、何も見えなかった。
後頭部や背中、腰などの感触から、自分があおむけになっていることが分かった。やわらかいので布団の上だろう。
私は眠っていたのだろうか。しかし、眠っていたという意識がない。いつ眠ったのかも覚えていない。
…………。
私はとりあえず、自分のことを思いつく限り挙げてみた。
水守有志。三十四歳、独身。A型。一九七一年九月七日生まれ、おとめ座。就職に失敗し、しかたなく親の経営するホテルの従業員をしている。あとは……一人息子で両親との三人暮し。カノジョいない歴三十四年。要するにカノジョのいたためしがない。しかし、好いている女はいる。伊藤真由子。二十歳。ホテルの常連客で、いつも一人で部屋を利用している。彼女が他の人間と歩いている姿を、私は見たことがない。彼女はいつも一人っきりで、しかし寂しさを感じさせない気丈な雰囲気の持ち主だ。気丈、というのは雰囲気の話で、実は人懐っこくて可愛い少女である。私の目には天使に見えて仕方がない……。
そこまで考えて、自分は記憶喪失ではない、と悟る。
では一体どうなっているのか。なぜこんなことになっているのか。一体ここはどこなのか。
さっぱり、分からないことだらけだった。
目が暗闇になれてきて、うっすらと部屋の輪郭が見え始めた。
広い部屋だった。うちのホテルの客室の、ゆうに五倍はある。
私があおむけになっているのはベッドの上で、天井には小柄だが立派なシャンデリアがぶら下がっていた。枕のすぐ近くにランプがあり、触れると明かりが灯った。
「――!」
私は声にならない声を発した。
ベッドはダブルベッドで、すぐ隣りには盛り上がったシーツがあった。しかも、シーツから飛び出ている頭部は、どうみても男のものだった。
私は逃げるようにベッドを抜け出し、走った。
しかし、目の前に人影を認めて立ち止まる。
眼前には、驚愕に歪んだ女の姿があった。
それは間違いなく、鏡に映った自分の姿だったが、私は理解できなかった。
女はまぎれもなく伊藤真由子だった。
天使がそこにいた。
――服は着ていたけれど。