拙作、小説

□僕の干渉ショート[1作]
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【暗闇と少年】

 少年がここへと足を運んだのは、単なる好奇心からだっただろう。少なくとも、少年本人はそう感じていたはずである。
 ここは廃墟だった。人はおろかネズミの棲む気配すらない、がらんとした空間。昼夜を問わず真っ暗なその場所に、少年はたった一人でやってきたのである。
 雨が降っていたわけではない。雨宿りをするのにはこの場所は適しているだろうが、そうではなかったのである。ここにたたずむ闇とは裏腹に、外の世界は光に満ち溢れていた。
 少年がここへ来たのは冬の寒い日のことだった。暖房器具などあるはずもなく、この生き物の気配がしない、しんとした空間は、冷たい空気を張りつめていた。
 その静寂を、少年の足音が霧散させた。コンクリの床が少年の靴裏にはじかれ空気を振動させる。振動は廃墟の壁などに反射し、音は反響する。
 その極端に早いやまびこに、少年は何を感じていただろうか。多くの者がそうであるように、恐怖を煽られただろうか。あるいは何も感じてはいなかったかもしれない。
 足音が幻想的に反響する。ある者にとっては、それは恍惚となるほどの快感だったかもしれない。
 少年が奥へと進むにつれて、闇は深さを増してゆく。しかし闇の深まるスピードと、少年の目が暗闇に慣れるスピードはあまり変わらない。だからもしかすると少年は、自らが更なる闇へとすすんで進んでいることになど、気づかなかったかもしれない。気づいていたかもしれない。
 いつのことだったろうか。少年ではない他の誰かが、この廃墟に足を踏み入れたことがあった。ここでは時間の感覚がなくなる。あっても意味はないし、光ない場所で時間を感じることは難しいのである。
 その誰かは、少年と同じようにこの場所を訪れ、奥を目指し闇を歩いた。しかししばらくして足を止め、引き返していった。その行動の裏でどのような思考がなされたのか、それはどうでもよいことである。
 廃墟を訪れる者は珍しかった。もっとも、時の流れの読めないこの地において、その頻度などはあまり意味を成さないのかもしれない。
 ともかく、迷い犬はなかなか現れない。だからこそ貴重なのである。
 珍しいというより、ほとんど運命の巡り合わせのようなものなのかもしれない。つまり、少年がここを訪れたのは、偶然ではなく必然であった、ということである。そう考えるのも、悪くはない。

(つづく)
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