拙作、小説

□ケータイ、小説[06年7月〜全9作]
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【暗黒少年】

 ぼくは見た。
 全身を黒の衣でかためた、黒ずくめの少年を。
 表情の全くない、無表情。
 吸い込まれそうなほど黒い黒瞳。
 黒々とした黒光りのする黒髪。
 無地の黒いTシャツに少し色褪せた紫がかった黒のチノパン。
 黒い靴。
 そして、全身を取り巻く黒いオーラ……。
 いや、ただ黒いだけじゃない。
 露出された肌は、ぞっとするほどに、白い……。
 しかし、それは一瞬だった。
 彼の黒く昏い雰囲気は、一瞬にして霧散した。
 次の瞬間、彼は彼でなくなった。
 そう感じられるほどに、彼の存在感の質が急速に変化したのだ。
 今は、柔和な、本当の意味で穏やかな雰囲気を醸し出している。
 あれほどまでにきつく異彩を放っていたのに、今はただの少年にしか見えない。人の良さそうな好青年だ。
 ぼくは、その変化に戦慄をおぼえた。
 夢でも見ていたのではないかとさえ、思った。
 なんなんだ……あの少年は。
 ぼくは頭を混乱させた。
 ふと気がつくと、彼は消えていた。
 日常の風景に溶け込んだのだろう、すうっと消えるように、少年は姿を消していた。
 買い物帰りだったぼくは家に帰った。
 食事の時間、彼のことを母親に話そうと思い、記憶をたどってみた。
 思い出した彼の顔はのっぺらぼうだった。
 ただ黒いという印象だけで、顔は覚えていなかったのだ……。
 ぼくは結局、誰にもこの話をしなかった。

     END
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