拙作、小説

□タイトル輸入先行型小説[1作]
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【犬とヒロセ】


     1

 私がヒロセと出会ったのは、秋の暑い日のことだった。
 その日は太陽の陽射しが強く、湿度も高かった。秋というか夏と言うべきかもしれない。
 道行く人々は皆、軽い半袖を着ていた。しかし遠くのほうから黒いなにかがやってくるのが見えて眺めていると、近づいてきたのは黒い長袖を着た少年だった。
 少年はとても暑そうにしていて……というか大量の汗をかいていて今にも倒れそうな、よろよろとした足取りだった。視線は足下の焼けた地面に注がれ、顔全体に「オレにかかわるな」と書いてあった。そんな、他人を嫌悪するような……否、全世界を敵に回しているような雰囲気だった。
 と、感想をもらしているうちに少年がこちらに近寄ってきた。
 私のいる場所が日陰になっていたからだろう。少年は影を求めてふらふらと歩いてきた。
 少年は私の隣りに座った。
「なぁ……」
 しばらくして、少年が言った。それはどうも、私に向けられた言葉らしかった。私は少年の声に耳を傾けた。少年の顔から、少しだけ、険しさが消えていた。
「お前、さっきこっち見てただろ」
 存外、優しい声で少年はつぶやいた。
 私は答えることができなかった。構わず、少年はつづけた。
「オレは太陽が嫌いだ。だから、影にいるおまえがうらやましいよ」
 またしばらくして、少年は立ち上がった。休憩は終わりらしい。
「……じゃあな」
 少年は私の返事を待たずに、太陽の下へ帰っていった。
 人に話しかけてもらったのは初めてだった。私はみすぼらしい外見をしていたからしかたがない。
 しかし、それならなぜあの少年は私に声をかけたのだろうか……。
 私は気になって、少年のあとをつけた。尾行は得意なので見つかる心配はしていなかった。
 少年はすぐ横道に入った。
 そこは、昼間とはいえあまり人通りはなかった。もともと、裏道なのである。ときどき通る人は、我が物顔で道の真ん中を歩いた。
 しかし少年は違った。例の、誰も受け付けないという感じの険しい顔もそのままに、道の端っこを歩いた。高い建物に挟まれていて道は日陰で覆われているのに、少年はそれとは関係なく、端っこが好きなようだった。
 少年の選ぶ道は人気(ひとけ)がなかった。薄汚いじめじめとした鬱屈した場所ばかりだったからだ。そして暗い。黒い長ズボンに黒い長袖の少年は、周りの風景によく溶け込んだ。
 しばらくして、猫に見つかった。いや、塀の上に猫がいて、そこを私が通りがかっただけなのだが。
 にゃあぁ……。
 猫が鳴いた。
 近くに隠れる場所がなく、私は少年が気づかないことを祈った。というか普通、猫の鳴き声がしたからといって後ろを振り返る人間なんて、そうはいないだろう。
 しかし少年は(なんでそうするのだ)、奇(く)しくもこちらを振り返った。
 見つかった……。
 少年は私のほうを見て振り向いたかたちのまま、静止した。
 沈黙が訪れる……。 やがて少年は、何事もなかったかのように、再び歩きはじめた。
 私はどうしようかと一瞬、迷った。なぜ少年が何も言わなかったのか、私にはわからなかった。私は尾行をつづけた。
 しばらくして少年がアパートに入っていった。そこが少年の住まいだった。
 私はこのまま無視されて置いていかれるのがいやだった。少年が部屋の扉をあけて、そこでようやく、私は口を開いた。
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