拙作、小説

□日記小説[1作]
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  【現実は変わりゆく】


 ぼくは好青年だった。どこからどう見ても好青年然としており、非の打ちどころがないようだった。
 そんなぼくは、当たり前だが、女子にほっとかれない人間だった。どこにいてもどこからか誰からかの視線を感じる。視線の先には、決まって女の子の目があり、見つめ返すと相手はかならず、頬を朱に染めた。
 あからさまな好意の視線だった。しかしそれがあまりにも頻繁なので、いつしかそれを、鬱陶しく感じるようになった。
 常に誰かしらの視線を感じるというのは精神面で非常に不衛生だった。ほとんどノイローゼになり、部屋で一人きりでいるときも視線の錯覚を感じた。幽霊か死神にでも睨まれているのかもしれないと、そうやってありえないほうへと考えて気を紛らわせていないとダメになりそうだった。幽霊に呪い殺されるか死神にあの世へ連れていかれるか、どっちでもいいから早くこの苦痛から逃れて死んでしまいたいと思うようになった。
 したがってぼくはそのうち、外に出る気力もなくなった。家にいれば誰にも見られないからだ。
 外は視線に溢れ、まるで戦場のようにぼくの心を貫くのだった。まさに死線の嵐だった。
 長い間部屋に閉じこもった。そうすればいつか視線の幻覚も消えるだろうと思っていた。
 甘かった。
 ぼくは誰とも接触しなくともすでに視線の絶大なる恐怖が脳や体に刻まれていた。
 起きているとき、世界を呪った。なぜ世の中はこんなにも住みにくいのだろうか。ぼくの心休まる場所はないのか。こんなところに閉じこもってずっと怯えていなければならないのか。なぜそんなにもぼくをイジめるのですか神様。いや、親の期待を裏切って精神を病んでいるぼくが悪いのだ。家族に迷惑をかけて……ぼくはなんて酷い人間なのだろう。視線が怖い? 異性からの熱い視線が怖いか。それは好意ではないのか。なぜ恐怖を感じる? ぼくはなぜ他人の好意を好意として受け取れない? なぜ好意を無下にし、自らを陥れる材料にする? みんなぼくを好いてくれているのに、なぜぼくはその気持ちに応えられない? 好きに対して嫌いを返す。なんて酷い! なんて残酷! なんて醜いのだろう。ぼくはどうしてこんなにも最悪なんだろう……? いつも死にたくなった。
 寝ているとき、悪夢を見た。いつも悪夢だった。ぼくの頭は悪いことで満たされていたからだ。精神はすでに汚(けが)れていた。現実と同じく無数の視線に貫かれる夢を見たり、満たされない自分の願望が、醜い心が反映されて、自己嫌悪に陥るばかりだった。地獄といえばあまりに地獄だった。
 起きていても寝ていても、ぼくは常に地獄を見ていた。
 ぼくはもう、
 いろいろ狂っていた。
 いろいろ壊れていた。
 いろいろ腐っていた。
 いろいろ濁っていた。
 いろいろ死んでいた。
 いろいろ終っていた。
 そう、ただ、終り続けるのみ……。
 ぼくに明日はない。
 そう思ってみても、かならず明日はやってくるのだった。
 まるでぼくの苦悩を嘲笑うように、太陽は悪戯に輝いていた。

 そんなぼくにも奇跡が訪れて、いつの間にか普通に生きられるようになっていた。
 奇跡というのがなんなのか、それは内緒にしておくことにする。
 なぜなら奇跡はあくまでも奇跡で、全員に等しく訪れるものでは決してないからだ。
 奇跡を信じてなにもしなかった。それではなにも変わらない。
 経験者から一言、言わせてもらうと、「奇跡とは自分で起こすものだ」ということだ。
 どんなに酷い最悪の状況に陥っても、かならず希望は存在する。
 その希望を掴み取れるかどうかは、その人しだいだ。
 希望を掴み取るにはどうすればいいか、正直なところ一度しか経験がないから大きなことは言えないが、たぶん必要なのは「諦めないこと」だと思う。
 ぼくは諦めなかった。幾度となく死にたいと思ったけれど、ぼくは死ななかった。
 死ななかったから希望が消えなかった。
 たぶん、そういうことだと思う。
 だからぼくはきみに言いたい。
 死なないで、生きていて。
 たぶん元から悪な人なんていないと思う。
 だから頑張って生き続けていれば、いつか神様が助けてくれる。
 きみは神の祝福のもとに地上に誕生したんだ。
 信じて。
 そうすれば、きっと救われる。
 大丈夫だよ。
 ぼくが保証しよう。
 一緒に世界を生きようよ。




   END

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