拙作、小説

□年男2010
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【真実はいつか二つ】

 最近、なんだか面倒になって処方された薬を飲んでおらず、結構な量が余っていた。
 数えてみれば全部で100錠ぴったりあった。
 数える必要はあまりなかったのだけれど、少しは必要性があると思ったのだ。
 今日は病院の診察日。
 いつものように髭もそらず、歯磨きだけちゃちゃっと済ませて家を出た。
 バスに乗り、揺られながら薬のことを考える。
 一応は持って来たが、どうしよう。前に余ったときは、新しく薬を処方してもらわずに余った分を飲んでいた。その分薬代が浮くわけだ。しかし考えてみれば、ぼくは自立支援受給者で、病院代の上限が月額2500円と決まっている。いくら薬代が減っても2500円を下回ることはまずないので、薬が多くなっても少なくなっても払う額は2500円と決まっているのだ。だからこの余った薬を、たとえば闇市などで売ったほうが得なのである。しかし。闇ルートなんて非合法。万が一露顕すれば警察に捕まってしまう。そんな危ない橋を渡ってまで何千円かを得ることが有意義かどうか。考えるまでもなく、危ない橋は渡らないのが正解に決まっていた。
 と、結論が出たところで目的地に着く。バスを降りて病院へと歩いた。
 受付を済ませ、待合室でしばらく待つと診察室に呼ばれる。
「失礼します」
「はい、こんにちは。お加減はどうですか」
「特に問題はないんですが……」少し言いづらかった。「最近薬飲んでなくて……」
「へえ? 飲まないとダメだよ。まだ薬の作用が持続してて大丈夫かもしれないけど完全に切れたら病状悪化するよ?」
「そうですね……でもなんか面倒で」
「まあね……なに? いつから飲んでないの」
「今年に入ってから飲んでないですね」
「それはかなり経ってるなあ……」うーんと唸る主治医。「けど今の薬はきみに合ってると思うから、ちゃんと飲んだほうがいいよ」
「そう……ですね」
「で、どれくらい余ってるの?」
 持って来た薬を出す。
「100錠もあるんですよ」
 眉間にしわを寄せながら主治医は薬を数え始めた。
「これは当分薬出さなくていいね……」言いながら数えていく。「97、98、99……」
 数える手が止まった。
「99錠しかないけど?」
「ボクが数えたときは、たしかに100錠でした」
 しばらく押し黙る主治医。
「……数え間違えたのかな。きみ、自分で数えてみてよ」
 無言で黙々と数えると、
「……99錠ですね」
「やっぱり、きみの数え間違いだったんだよ。本当は99錠しかなかったのさ」
「いいえ、このボクが薬のストック量を間違えるはずありません。薬は100錠だったんです」
「しかし今、二人で数えてどっちも99錠だったんだから、この事実は疑いようがないだろう」
「真実はいつも一つ……とは、限らないんじゃないですかね」
「…………わかった!」いつものようにひらめいたらしい。「家に忘れて来たんだよ、そうに違いない」
「いいえ。確実に全部持って来ましたよ、ここに」
 ぼくにはもう本当のことがわかっていた。
「…………そうか!」
 先生はまた何かひらめいたようだ。さすが閃板(ひらめいた)先生である。
「きみが数えたのは朝食を食べる前だったんじゃないか? その時はたしかに100錠あったんだよ。しかし食後に1錠飲んだので、99錠になった」
「違います。たしかにそんなミスをする可能性はゼロじゃない。しかしボクが数えたのは朝食を終えただいぶ後だったし、そもそも最初に申し上げましたとおり、最近は薬を飲んでいないのです。だからボクが数えたとき、確かに100錠あったのです」
 そして今も100錠ある。飲んでいないのだから、これは真実。
 主治医とぼくが今数えたのは99錠。これも真実。
 真実が二つ。
 自信なさげに主治医は言う。
「じゃあどこかで落としたんだろう……」
「鞄のチャックは常に閉じていました。落としたなんてありえません」
 悩ましげに、というかあからさまに悩んで閃板先生は額に手を当てた。
「…………そうか!」またひらめいたようである。「薬がこれだけ大量にあるのだから、数えているうちに机から落ちたのかも知れない」
 どうやら閃板先生はどうしても落としたことにしたいようだった。早速床を探し始める。
 しかし見つからなかった。見つかった物といえば、輪ゴムや髪の毛くらいのものだった。
 もう一つ、閃板先生が一人きりで写っているプリクラが落ちていたけれど、この人は淋しい人なんだなぁと思うだけにとどめる。
「ないみたいですね」
「そうみたいだね……」
 この医者は本当に頭がいいのだろうかと疑問に感じ始めた。
 こんな程度の謎、小学校1年生にだって解決可能だ。
 あるいは頭が良すぎて簡単なことに気付かないのかも知れない。
 上級者が初歩的なミスをしないとも限らないわけだし。
 猿も木から落ちる。
 河童の川流れ。
「ああーー、もういいじゃないか! たかが1錠消えただけで、大して困りはしないだろう?」
「消えていません。ここには100錠ちゃんとあります。ここというのは、この室内のことです」
「何言ってるんだい。さっき二人で数えたじゃないか、99錠しかなかっただろう?」
「確かに、《数えたのは》99錠でした」
「だったらここには99錠しかないだろう? 床にも落ちていなかったし。まさか私のポケットに紛れているとでも言うのかい?」
 そのまさかならぼくは手品師か魔法使いか超能力者だ。
「違いますよ。答えは簡単」ぼくは鞄の中からそれを取り出した。
「ここに仲間はずれの1錠が隠れていたのです」
 それを机上の薬達に混ぜる。
 はい、これで100錠。
 数えたのは99錠、真なり。
 ここにあるのは100錠、真なり。
 真実二つ。QED。
 そのとき閃板先生がどんな顔をしていたのかは内緒だけれど、きっとあなたと同じ顔。

          END
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