ノンフィクション
□リハビリ男の日常
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【声優賛歌?】
最近、ボクはよくリハビリの帰りにブックオフ膏智駅店に寄る。
今朝降っていた雨がすっかり止んで、日の暑さのない快適な曇り空だった。
少し寄るだけのつもりだったのに、魔力のようなあの声に魅せられて、視界が塞がれ聴覚だけが冴えた。
世界は暗闇。
その声、その音だけが舞い降りる。
それはさながら、闇夜に流れ星が煌めくように。
暗黒空間にスポットライトが当てられるように。
声だけが存在しているかのように、よく耳に響き、余韻が残る。
声優の斎藤桃子さんの声に酷似した、かわいらしい声。
かわいらしくやわらかい、それでいて凜とした響き。
いわゆる萌え系の声だが、甘ったるい感じではない、綺麗な響き。
可憐、と表現しても差し支えないだろう。聴いていて気持ちの洗われるような心地よさがあった。
これ、この声。
ボクはこの声に惹かれている。
大好きな声優さんに酷似した声。
艶(つや)やかで、光っている。
この声の主は、一体どんな女性(ひと)なのだろう……?
いつも気になっていた。
もちろん、きっと美人だろうなんて、非現実的な夢を見ていたわけではない。
天は二物(にぶつ)を与えない。
それくらいは、知っているし、解っている。
ここまでの美声の持ち主に、美しく整った貌(かお)まで与えられていたら、芸能界が黙っていないはずである。
スカウトを断ったとしても、普通には生きられないはずだ。
美しいことは必ずしもよいとは限らない。むしろ、その美しさは悪用されるだろう。
周りが、世間が。放っておかないのだ。
もし美しいのなら、全国チェーンのいち店員で留まれるわけがない。
だから、きっと彼女は可愛くないだろう。
そういう予想というか、予測があった。
加えてボクは面食いである。
いくら声が好みでも、顔が駄目なら駄目なのだ。
本人を視認した時に落胆するのは、目に見えているようなものだった。
ならば、敢えて彼女のことは見ないようにするか……?
ただ声だけの存在として、記憶に残そうか、と。
一瞬、そんな考えが過(よ)ぎったというのに。
ボクは無自覚に、本能的に彼女を探していた。
マイクに向かって喋っている女子が見える。
体型はちょうどよいくらいの、中肉中背。
髪型も無難で、黒い髪が綺麗だった。
角度のせいで顔は見えない。
しばらく、そのコを目で追った。
ちらっと見えた名札には、「井上」とある。
彼女の名前は井上さんと言うらしい。
井上といえばセクシィな声に定評のある井上喜久子さんだが、その対極にあるようなかわいらしい声である。
だが、顔はまだ見えない。
レジには他の店員が待機している。
彼女の顔を臆面なく見つめることができるとすれば、レジ精算の時だけなのだが……。
そこで再び、自分は面食いだからこのまま見ないでいたほうが良いのではという考えが浮かぶ。
そう割り切って、レジにカゴを持っていこうとした、その時。
奇跡が起きた。
つい先程までレジにいた店員が、レジを離れたのである。
そして、入れ代わるようにして、彼女がレジに立った。
彼女の顔を拝む。
……たしかに、ひいき目に見ても可愛いとも綺麗とも言えない。しかし、そこまで酷い顔でもなかった。
声の印象が強すぎて、今思い返しても顔が思い出せないくらいである。
ネームプレートをまじまじと見る。
やはり「井上」という文字。ただし、すぐ下には、赤で強調された「店長代理」の文字があった。
彼女、井上さんは、店長代理だったんである。
店長代理に一礼して、ボクは店を去った。
むぅ……悪くない。