処女小説

□『嘘の少年』
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「長谷川、この問題を解いてみろ」
 突然、どこか怒りを含んだような声が響いてきた。
 妙に声が大きく感じられるのは、当の長谷川の席が一番前だからだ。
(なんで怒ってるんだ?)
 呼ばれて、その少年――長谷川タイチ――は自分の机の上を見た。
(あぁね…)瞬時に悟る。
 タイチの席は一番前だというのに、肝心の教科書が出されていなかったのだ。
 タイチにしてみれば、ほとんど不要な物なのに。
「――I=3,y=5です」
「……正解だ」
 悔しげに教師はうめく。
(だから要らないんだよ)
 タイチは、顔では「出来て当然です」という表情を作って、心の中では悪態をついた。
 タイチは優等生という事なっているが、当てられて問題を瞬時に解いたわけではない。
 教科書は面倒くさいので出し忘れていたが、授業はちゃんと受けていたのだ。
(だいたい、数学の授業で教科書を出す意味がどこにあるって言うんだ。
 問題文も定理も、ちゃ〜んと黒板に書かれるのに、いちいち教科書を見るのは面倒じゃないか)
 と、タイチは怒るでもなく苛つくでもなく、心の中で呟いた。

 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
 4時間目終了、つまりはお昼のチャイムが鳴り響いた。

 瞬間、それまで脱力していた生徒までもが歓声を上げる。
 お昼のチャイムというものは、都合4時間の勉強との格闘
――勉強が好きでない少年少女にとって苦でしかない時間――が終わり、
オアシスとも言える昼食タイムの始まりを告げる幸せの合図なのだ。
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