拙作、小説

□愛せない存在を消す方法
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   回想2

「お母さん。カケルは今日も学校に行かないつもりですよ」
 朝食をとっているとき、ケンジが次男の登校拒否を報告してきた。次男は、もう何年もヒキコモリを続けている。
 そういえば次男の名前は「カケル」だったわ、と私は思った。
「そうみたいね。ケンジはあんなふうになっちゃダメよ?」
「はい、お母さん」
 ケンジは微笑した。
 本当に良くできた子供に育ったものだ。
 良くできた、と言ってもガチガチの礼儀作法を身に付けたような「おぼっちゃま」ではない。誰だって分かるような基本的なマナーを守っているだけだ。礼儀作法にうるさすぎる人間は一般社会では嫌われてしまう。あくまでほどほど、が肝心なのだ。そういう意味でケンジは良くできた子供だった。
 ……いや、もう大学生なのだから子供ではないか。
「では、行ってきます」
 朝7時。ケンジが大学に出かけた。
 大学までは自転車で一時間近くかかる。公共交通機関を使えばいいのに、「いえいえ、運動になりますから」と言って、そうしない。
 お金はあるのだからそんなに無理をしなくてもいいのに。
 まあ、私がそう言えば、
「いえいえ、いつどんなことになるか分かりません。おじいさまの会社が突然倒産してしまうかもしれない。そんなとき、この節約したお金が役に立つはずです」
 などと言うのだろう。
 外は暑いだろうに……。
 あの男の誠実さは嘘だったが、ケンジは本当に誠実だ。
 それに引き替え……。
 私は二階の次男の部屋がある辺りをにらんだ。
 あそこに忌々しい男が棲んでいる……。
 次男のカケルは夫と別れたとき、まだ五歳だった。
 そのころはまだ、そこらへんの子供と同じように見えた。しかし小学校に上がるころから、子供特有の活発さや無邪気さといったものが消え始め、徐々におとなしい子供になっていった。二年生のころには、根暗と言えるほど暗くふさぎこむようになり、めったに外に出なかった。友達もほとんどおらず、部屋にこもることが多くなった。三年生のころには、完全な孤独になり、担任の先生にも「もっとおうちで教育してあげて下さい」と言われた。
 私はそれでも、ただ奥手なだけだろう、とタカをくくっていた。それよりも、ケンジに夢中だったのだ。
 ケンジは語るまでもなくとても理想的な生活をしており、親の私が何か口出しする必要はまるでなかった。
 それどころか、逆に私が注意されることすらあった。
「タバコは体に毒です。やめたほうがいいですよ」
「ジュースは糖分の、カップ麺は塩分の、摂りすぎになります。ひかえたほうがいいですよ」
 などなど。
 と言っても口うるさいということはなく、それこそ本当に忘れたころに、そうした忠告をしてくれるのだ。
 出来の悪い弟のことも心配していた。
 私は、「子供は多感だから色々あるのよ。そっとしておいてあげましょう」と言いきかせた。
 カケルは五年生ごろから部屋にこもりっきりになった。
 ときどき買い物に出かける以外は、ずっと部屋で過ごすようになった。
 いわゆる、ヒキコモリだ。
 さすがの私も、心配になった。
 しかし彼は私にとりあわず、部屋に入れることさえ拒んだ。
 だから、私はそれ以来、彼の部屋を見たことがない。
 一度、電気屋さんが来て電話線がどうとか言っていたから、インターネットに接続しているかもしれない。
 そうなると、利用額の請求がくると思うのだが、お金のやりくりは今ではケンジに任せっきりなので、分からない。
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