拙作、小説
□ショート(復帰後)[6作]
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【白い布】
昏睡状態に陥っていた友人のAが突然に起き出して「どうしても必要なんだお願いだ」と言うのでしかたなく白い布を買いに行った。
ボクだって風邪でかなりつらかったのだがAにとって唯一無二の親友であるボクとしては買いに行かざるをえなかった。
近くのスーパーの日用品売り場に到着したころ、ボクはひどい咳を連発しておりそのたびに眼鏡のレンズがくもった。おかげで視界が白く染まり、黄色や赤色の布を白い布と勘違いして買ってしまいそうになった。とにかく息を整えるのが肝心だとさとりラジオ体操の深呼吸を真似て対処した。
白い布……白い布……、と唱えながら棚を眺める。ポケットにはAから預かった千円札一枚がくしゃくしゃになって入っていた(あまりにAが唐突に勢い込んで言うので慌ててポケットにねじこんだのだ)。
たぶんこんな感じだろうなと思う布が三種類あった。どれも同じに見えるのだが、値段が違っていた。312円、498円、638円。布の大きさも同じなのに、なぜこんなにも値段に差があるのか不思議だった。
ボクは312円の布をレジに持って行った。
急いで病院に戻るとまだかろうじてAには意識があった。横滑りのドアを開くとすぐさまAがこっちを向いて「買ってきてくれたか!」と言った。声には勢いがあり、彼が白い布を心待ちにしていたのがよくわかった。衰弱しきった細腕をのばすA。すばやくレジ袋を受け取ると中を確認して「よくやった。恩にきる」と言った。
「いくらだった?」
「ん。……638円だったよ。高級品だからね。ほれ」
ボクはお釣の362円を渡した。もちろん本当は312円だったわけで、ボクは326円の得をした(偶然だが、326→ミツルはボクの本名である)。
「ほんとにありがとな……」
Aがなぜか目に涙をためて言った。ぼくはいたたまれない気持ちになりじゃあなと言って病室を後にした。
……結局、Aはその日のうちに死んだ。
ボクは彼をだまして得た自分の名前と同じ金額の小銭を抱いて後悔することになった。
Aのお母さんに呼ばれて病院に行くと変わり果てた親友の姿がベッドの上にあった。
ボクが買ってきたのと同じような白い布が、Aの顔を覆っていた。
「ミツルくん……ありがとうね……」
おばさんが言った。なんのことかわからず戸惑っていると、おばさんが白い布を指差して、
「あの子の顔にかぶせてあるあの白い布、あなたが買ってきてくれたんですってね……ありがとう……」
泣きながらそう言った。
……死ぬ前にそんなもん買ってこさせたのかよアイツ……。ボクはわけがわからず泣いた。
Aは潔癖症で、特に口周りには気をつかっていた。自分の死を予感したAは、死んだあと顔にかぶせられる布にまで、気をくばったのである。
そのことは、Aの残した遺書にも書かれていたので間違いない。
そしてボク宛てのその遺書の最後には、こんなことが書かれてあった。
『追伸
きみ、自分の名前がミツルだからって326円もちょろまかすことないだろ。
病室に落ちてたぞレシート。
その金、おまえは一生使えずに、見るたびに今日のこと思い出して後悔するんだろうな。
……なぁんて。ははは。
ほんとはな、もともと326円、あげるつもりだったんだよ。お金にがめついおまえにはぴったりだろ。
白い布……実はすこし前、おまえが買いに行ってくれたスーパーで見たんだよ。二種類あってさ。高いのから低いのの値段ひいたら326円だって、気付いた。
だから親に買って来させないで、おまえに頼んだんだよ。そしてがめついおまえが326円だまして着服するかどうか実験したんだ。で、たとえ着服しなくてもその326円はおまえにあげる予定だった。そういう計画だったんだよ。
……だからさ、後悔すんな。
その326円は、最初からおまえのものだったんだよ』
遺書はそこで終わっていた。
…………。
ばかやろう、二種類じゃなくて三種類だよっ。
ばればれの嘘つきやがって……
けど。
ありがとな、A。
326円。
大切にするよ。
END