処女小説
□『嘘の少年』
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そんな中、一人つまらなそうな無表情――端から見れば少し怒っているように見えるが――で、
弁当を取り出そうとしているのはタイチだけだ。
そんな彼にはお構いなしに、彼の友達数人が弁当を持ってタイチの席の周辺に集まってくる。
「相変わらず怒ってんなあ、タイチは」
その中の1人――ひどく楽しげなニヤニヤとした顔にロン毛をかぶせた少年がツッコんできた。
「べつに〜。オレは喜ぶのが面倒なだけさ。怒ってなんかない」
その表情にその抑揚のない声では、怒っているようにしか感じられない。
「そう怒んなって。きいた俺が悪かったって。折角の男前が台無しだぜ?」
「はっ、《お笑いのキムタク》の異名を持つおまえに言われたって現実味ねぇじゃん!」
今度は笑いとばすように言ってやった。
そう、この妙にツッコんでくる少年は、ノリこそお笑い芸人のようだが、顔は存外整っていて、
見た目では木村拓哉なみのルックスを誇っている。
名前が喜村卓巳という事もあってか、《お笑いのキムタク》という異名を持ち、
女子の間でファンクラブができてしまうほどだった。
「………」
お笑い芸人としては、唯一の弱点(果たして弱点と言っていいのだろうか)をつかれ、
《お笑いのキムタク》は、ただの《キムタク》に成り下がった。…いや成り上がったのか。
「《お笑いのキムタク》を黙らせちゃうなんて、タイチはホント空気読めないよねぇ」
他の1人――今度は背が低くて少し太りぎみの少年が、まだ変声期のこない高い声で言ってきた。
「空気?何のことだ?」
「え?分かんないの?卓巳は、タイチが1人でつまんなそうにしてるのが嫌なんだよ。みんなが笑ってた方が楽しいから。
でも、タイチは何でかよく分かんないけど、1人だけムスっとしてるじゃん?だから盛り上げようと…」
「それならそうと言ってくれよ」
「いや、それはちょっと恥ずかしいじゃん…」
「つまんないところで意地張るんだな。まぁ、いいけど。じゃあ、オレが悪かった。もうちょっと楽しくするよう努力するよ」
「じゃあ、ってなんだよ。じゃあ、って」
「あぁ、ただの口グセだから気にするな。ははは」
タイチは、笑ってそう切り返すが、正直、笑えない……
そこに、この男が復活する。
「はっはっは。タイチの口グセは、小さい『あ』じゃないか?『まぁ』とか『あぁ』とかさ」
あっはっはは……
たしかにそうだ、とそこに集うみんなが笑った。
さすが、このグループのムードメーカーだ。あ、いや、このクラスの――か。