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□君の一瞬が欲しかった
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「ん…」

瞼の外から差し込む光に、アレルヤはまだ眠りの中にいた思考を呼び起こした。眩しさに細く瞳を開ければ、ベッド横の窓のクリーム色のカーテンから朝日が漏れている。宇宙では絶対に有り得ないだろう目覚めに、アレルヤは息をついた。地上ではこれが当たり前であるのに、長く地上に来ていなかったせいで忘れていたのだ。
どこまでも暗い宇宙に、度重なる戦いに、慣れてしまっている自分がいた。

(ティエリア…、)

窓とは反対側、自分の隣に温かな体温を感じて、そちらに目をやる。トレミーの部屋よりも大きなクイーンサイズのベッドに昨夜ティエリアが潜り込んで来たので、一緒に寝ていたのだ。

アレルヤが体を起こしても起きる気配のないティエリアは今だに規則的な呼吸を繰り返している。小さく振動する身体に、まだ生きてる、とアレルヤは艶やかな髪に手を伸ばした。
一瞬ぴくりと反応を見せたティエリアだが、しかしすぐに寄せていた眉を戻し、アレルヤの枕を抱く腕に力が込められた。そんな仕草が普段の彼からは想像できないくらいに幼くて、つい笑みが漏れてしまう。時折、ティエリアは隙あらばアレルヤの枕を奪おうとしてきた。
お前の匂いがするから、と言われた時は驚いたし、しかし抱きつくなら自分にして欲しいと言ってみたが、やはりそれは叶わなかった。

(ま、僕がティエリアを抱き締めて寝れば良いことなんだから、気にしないけど。)

白い枕にその美貌を押し付け、シーツに癖一つ付いていない菫色の髪を散らして眠るティエリアを気の済むまで見下ろしてから、手をカーテンに伸ばす。
まだ五時を回ったばかりの時間だからそんなに明るくはないが、しかし春が終わり日の長い夏の到来を知らせるように、もう太陽が山の峯に上り始めている。人が多いのが苦手なティエリアのために借りた郊外のアパートからは大きな湖が見渡せる。切り取られた箱庭のような風景は、確かにアレルヤの心を癒した。

「……まぶしい、」

きらきらと光る水面と青々した樹木に目を奪われていると、隣から声が聞こえた。起こしてしまっただろうかとカーテンを閉めそちらに目を向けると、まだ眠たそうなティエリアが長い睫に縁取られたガーネットの瞳を瞬かせていた。
体を起こそうと動き出したティエリアの背に手をやり、起こしてやる。

「ごめんね、起こしてしまったかい?」

「……いや、もう起きようと思っていたから、
平気だ。」

そう言ったティエリアの言葉はすぐに嘘だと分かったけれど、アレルヤは黙っておいた。悪いことをしたとは思うけれど、心のどこかでティエリアに目覚めて欲しいと思っていたのも本当なのだ。

「おはよう、ティエリア。」

「ん…」

寝起きは驚く程に普段の棘がないティエリアは、まだ眠たそうに返事を返してくる。こんなティエリアが見れるなんて自分だけだと思えばますます気分が良くなってきて、ティエリアの華奢な身体を抱き上げ、自らの足の間に納めて、背後から抱き締める。抗議の声はなく、すぐに体重を預けてくるティエリアにまだ眠たいんだろうなぁ、とアレルヤはなんとなくおかしく思った。

「ねぇティエリア、起きたら湖の回りを散歩しない?朝日がね、水面に反射して、凄くきれい。」

「朝日?」

「うんそう。宇宙にはないものだよね。」

再び寝てしまいそうなティエリアにブランケットをかけてやりながらそう言えば、ティエリアに「君が好みそうなものだな、」と言われる。そんなことを言われると思っていなくて黙っていれば、違うのか?と間近で真っ赤な甘い瞳が見上げてくる。
その言葉に、アレルヤはどうだろう、と返した。

「あまり、好きじゃないかもしれない。」

「…?」

不思議そうなティエリアの額に、軽い口付けを送る。

「最近ね、朝が来るのがとても怖いよ。」

だってそれは、昨日が終わって、今日が来たということだ。いつか来るだろう、ティエリアが隣にいない日が、近付いてくる。もう明日には生死の保証のないミッションが待っている。
こんな穏やかな朝が後何度くるのかなんて、

「ずっと今のままでいたいと思うのに、それを許してはくれないから。」

だから、好きになれないよ。そう言って、強くティエリアを抱き締める。逃がさないように、離れないように。
抱き締められたまま、ティエリアが口を開いた。

「でも、」

「うん?」

「朝が来るたびに、一緒にいた時間の分だけ、俺を好きになると、前にお前は言っていた。」

「…うん。」

「それなら、思う存分、好きになればいい。」

何度朝が来ても、一緒にいてやる。そう言って窓の外を見たティエリアの瞳は、気丈に揺れていた。

その優しさを実現する世界は、まだどこにもなかったけれど




君の一瞬が欲しかった




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