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□3.無意識のゼロセンチ
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アレティエ
ティエリア一人称、微シリアス










足の指の間を、さらさら、さらさらと白い砂が通り抜けていく。海辺の砂の上を裸足で歩くなんて初めての経験で、すごく変な感触だと思った。
でも後ろから少し遅れてついてきていたアレルヤが「さすが無人島なだけあって、すごく気持ち良いね、砂。」といつもの控え目な口調で言ったものだから、そうか、これは気持ち良い感触なのか、と思考の上塗りをする。

地球で感じる自然の感触は宇宙生まれの自分にとっては初めての感触ばかりだったから、それならアレルヤが感じるのとお揃いにしたい、なんて思った。アレルヤが、自分にとっての“にんげん”の部分を作っていくのを、じりじりと感じていた。

「ね、ティエリア…」

ゆっくりゆっくり、砂に足が埋まって体が少し沈んで、そこから抜け出るみたいに新しい一歩を踏み出す感触を心に刻んでいれば、後ろからアレルヤの声が聞こえた。
自分の名前か、と思いながら振り向いてみれば、思っていたよりずっとアレルヤが近くにいて驚いた。

「アレルヤ…?」

「ティエリア、」

またアレルヤに名前を呼ばれて、今度は少しずつアレルヤの顔が近付いてくる。
ああ、キス、したいんだな。
と思った。自分でも気に入っている銀灰色の瞳の奥底に、ゆらりと愛欲が揺らめくのを見た気がした。

(でも、)

「アレルヤ、そんなに近付かなくても、君の顔は見えてる。」

だから離れろ。そう言って、アレルヤの厚い胸板をおす。アレルヤは少し戸惑った後、結局、「ごめんね」と謝ってしまった。銀灰色が、滲んだ。

「……この眼鏡、伊達だから。俺はそんなに視力は悪くない。」

そう言いながら、眼鏡を外す。キスを拒む理由としては微妙だったか、と思いながらアレルヤに眼鏡を差し出してみれば、アレルヤは素直にそれを手にとって「ほんとだ」そう言いながら、レンズを覗き込んだ。

それを見届けてから、また歩き出す。“付き合ってる”んだから、キスなんて当たり前なのかもしれない。

でも、怖かった。確かに、人間らしい自分を探し始めたのは自分が先だし、アレルヤが言った「すき」という感情に惹かれたのも自分だった。それなのに、気付いてしまった。そういう人間らしい行為を一度でもすれば、もう二度と機械みたいに人を殺す、“ガンダムマイスターのティエリア・アーデ”に戻れないことを。
そして、それが分かっていて尚、人間らしいアレルヤから離れられなくなっている自分にも、気付いていた。

「……っ、」

「これも、無理?」

“駄目?ではなく、無理?”そう聞かれながら、手を握られた。…というよりも、自分の右手の人差し指に、アレルヤの左手の人差し指が先の方だけ、ひっかけられた。
じん、と指先から熱が上ってくる。

「……言ってる意味が、分からない。」

「うん、そうだね。でも、無理?」

「……、無理、じゃない。」

絞り出すように言えば、恋をすることに無防備なアレルヤが、とてもとても嬉しそうに笑顔をつくった。アレルヤが笑う顔が、自分を好きだと優しく穏やかに言うみたいに笑うアレルヤが、泣きたいくらいに好きだった。
涙が滲みそうになって、慌てて下を向く。アレルヤの顔が見れなくなったのは良かったけれど、今度は繋いだ手が、ちょうど視界の真ん中にきてしまった。
白くて細い、なんだか頼りなく見える自分の手を、アレルヤの褐色の大きな筋張った手が、縫いとめていた。

(今、アレルヤと私の距離は、ゼロ、だ。)

他人とこんな風に触れ合うだなんて、したことがなかった。こんな、こんな近くにいるだなんて。
それが唐突に怖くなって、手を離そうとする。でも、そんな俺の心を感じとったように、次は指先だけじゃなくて手全体をアレルヤの大きな温かい手に、包み込まれた
驚いて、ぱっ、と視線を上げる。

「すき、ティエリア」

そんな言葉を囁かれて、頭の中が真っ白になった。また、アレルヤの顔が近付いてくる。
アレルヤの長い前髪が、さらりと左の頬を霞めた。

(いや、)

怖くなって逃げ出そうとした自分の手を、アレルヤの手が更に強く握る。そのアレルヤの手が、触れ合っている自分だから分かるくらいに本当に少しだけ震えている。
たぶん、アレルヤ自身は無意識なのだろう。自分を逃がさないように、手を強く握ってしまっていることは。そして、アレルヤは気付いていないのだろう、手が震えてしまっていることを。

(俺が逃げるのが、怖かったのか?君も、)

アレルヤの手を握り返して、瞼を下ろした。真っ暗な視界も、その先がアレルヤなら、きっと怖くなかった。

そっと触れた唇は、海風にさらされて、涙の味がした。










無意識のゼロセンチ



無意識(に震える手と手の距離は)ゼロセンチ。
涙は塩味。ということで。


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