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□神さま、もう少しだけ
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平和の象徴のハトが、一斉に飛び立った。ばたばたと、白い羽音が真っ青な空一杯に広がる。そんな童話の世界みたいな光景をまだ見ていたいと思ったのに、前を歩いていたアレルヤが「はやく、」と言いながら手をひいた。初めの頃はあんなに他人に触れられるのが嫌だったのに、いつの間にか慣れてしまった。アレルヤ限定で。

(僕たちは他人じゃないって、アレルヤは言っていたな…)

なんであんなこと言ったんだろう、とティエリアは手をひかれながら、ぼんやりと思った。
筋張った大きな男らしい手は、それでもとても優しい。たぶん、アレルヤは全部が優しいんだ、とも思った。

「ティエリア、見えてきたよ!」

アレルヤが嬉しそうに振り返る。銀灰色の瞳が子供みたいにきらきら輝いて、なんだか暖かい気分になった。ティエリアがゆっくり歩いている歩調にアレルヤが合わせてくれていることに気付いて、ティエリアは錆びた色の赤レンガがしきつめられた地面を少し早足で歩いた。それにアレルヤがすぐに気付いて「ゆっくりで良いよ」と言われた。
真っ白い大きな建物が向こうに見える。天辺に、鐘が揺れていた。
あれは、

「教会だよ、ティエリア。あれが見せたかったんだ。」

きょうかい、とアレルヤの言葉を呑み込んで、どんどん近くなるそれを見上げてから、繋いだ手の向こうのアレルヤを見る。こちらから顔は見えないけれど、きっととても嬉しそうな表情をしているのだということは容易に想像できた。地上は嫌いだが、ホテルを出てきて良かったと思う(絶対に言ってやらないが)

右側に続いていた白い壁が途切れて、高いアーチが姿を現す。それをくぐることはせずに、アレルヤが中を覗き込む。ティエリアもそれに倣って見てみれば、大勢の人が笑顔で拍手を送っている。

(あの中央にいるのが花嫁と花婿、というやつか)

もちろん情報提供者はアレルヤだ。淡い桃色の入ったウェディングドレスに、真っ白なベール。綺麗にメイクアップされた顔に、何より幸せそうな笑顔。そして、周囲の人々もみな二人を祝福している。その切り取られた空間だけを見るなら、世界は全てが幸福だった。


「見学ですか?」

二人して無言でその光景を見ていれば、こちらに気付いたのか、たぶんあの花嫁か花婿の友人であろう一人の女性が笑みを浮かべながら話しかけてきた。
もちろんそれに答えるのはアレルヤで、話しかけてきたその人に穏やかな口調で返事を返す。

「ええ…此処へは旅行で来ているのですが、近くを通ったら結婚式をしているみたいだったので少し覗かせてもらおうかと思って。…皆さん、幸せそうですね。」

「そうなんですか。ありがとうございます。メアリも喜びます…観客は多い方が良いですし、中に入って近くで見ませんか?」

あなた達みたいな可愛いカップルなら歓迎しますよ。そう言った女性の言葉に(メアリとは花嫁のことだろう)まだアレルヤと手を繋いだままだったことを思い出す。それを離そうと手を引くが、アレルヤが離してくれない。ティエリアがアレルヤを見上げると「恥ずかしがらないでよ、」などと笑顔で言われてしまった。いつもはこんな強引なことはしない癖に、と思う。

「いえ、お言葉は嬉しいのですが、僕達はここで見ています。ここからでも十分見えますし。」

「そうですか?でもここではブーケがとれませんよ?」

ブーケ、と言われてあの花嫁の持つ花束のことだと言うのは分かったが、何故とる必要があるのか、ティエリアには理解できなかった。
それを察したように、アレルヤが「ブーケをキャッチできたら、次に結婚できるって言われてるんだよ」と説明してくれる。
それから二、三言話した後、女性が「あなた達にもジュノー様の守護が受けられるよう、祈っているわ」と言って向こうに戻って行った。

「ジュノー…?」

「六月の守護神の名前だよ。女性と結婚生活の神さまなんだって。」

六月に結婚すると幸せになれるんだ、そういうアレルヤに「それならば俺達には関係ないな。」と一蹴すれば、苦笑で返された。

「うーん…でも、そうだね。」

花嫁が、手に持ったブーケを、空高く放り投げる。
花が、空を舞った。

「ブーケも、ジューンブライドもなくても、」

観衆が、わぁっと一気に盛り上がりを見せる。

「ティエリアは、僕が幸せにしてあげるからね。」

太陽の光を反射した花束が、きらきらと輝いた。



(かみさま、あと少し、あと少しだけ、時間を下さい。)

幸せすぎて流した涙を優しい指先で拭ってくれる、彼の隣に、後少しだけ、いたいのです。









神さま、もう少しだけ



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