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知らないふりを、
知らないふりをして笑っていれば、それでいいって、
思ってた。







君の心にふれさせて 2



ティエリアは、すぐに戻ってきた。というより、アレルヤがやっと平常心を取り戻して扉の外、通路に出てみれば、そこにいたのだ。
ふわり、と柔かい色のカーディガンの裾が無重力に翻る。ついと向けられた真紅の瞳が不安定に揺れていた。

「ティエリア、」

「……アレルヤ、さっきは、その…」

すまなかった。そう口では言いながら、背を壁につけたティエリアはすぐに視線を反らしてしまう。今すぐにでも、ここから、アレルヤの前からいなくなりたいと思っているのが分かった。

「…いつから、ここにいるの?もしかして、僕が出てくるの、待っててくれた?」

「……」

こくりと、ティエリアが声もなく頷く。
ティエリアに拒絶されたのが悲しくて、正確な時間は分からないけれど結構長い間部屋に篭ってしまっていて(悪い癖だけれど、ハレルヤに怒鳴られてやっと出てこれた)その間ティエリアが自分が出てくるのを待っていてくれて、嬉しかった。

(でも、)

それなら、部屋に戻ってきて欲しかった。突然で驚いただけだ、っていつも通り少し棘のある、でもティエリアらしい淡々とした口調で言って欲しかった。

(それなのに、なんで、そんな怯えた目をするの?)

先に隙を見せたのはティエリアの方だ。告白をして、恋人同士という関係になってから、恋人らしい行為は何一つしてこなかった。でもアレルヤが教えたアレルヤの部屋のパスをティエリアは何の迷いもなく使ってきたし、足繁くアレルヤのもとに通ってくるようになった。
もちろん、だからと言って何か進展を期待したわけじゃなかった。大好きな人が自らアレルヤの部屋まで来てくれることを喜んだし、無機質で私物の少ないアレルヤの部屋で背筋を伸ばしてアレルヤの隣に座り本を読むティエリアの姿はまるでそこだけ色付いたように美しかった。ティエリアは騒がしいのを嫌うし、アレルヤもあまり喋ることが得意ではなかったけれど、穏やかで静かで、それでいて息のつまることのない二人だけの空間を愛していた。ティエリアも「お前がいると落ち着くから、この部屋は嫌いではない」と言ってくれた。


(僕があんなことをしたから、もう入れなくなったの?)


ごめんね、
そう謝ろうとして、しかしその前にティエリアが口を開く。

「…っ、こんなところにいても仕方がないだろう、…もう昼食の時間だ。食堂に、行く。」

「……うん、そうだね。」

聞きたいことは沢山あったし、伝えたい気持ちだってあった。確かに心は通じあっている筈だったのに、何か言う気にはなれなかった。
少し時間をおけば元に戻れるって、思ってた。

逃げて、いた。








***


「待ってて、今飲み物をいれてあげる。」

「…あ、あぁ。」

何が良い?そう言いながら、隅のテーブルで昼食としてプレートで出ていたチキンソテーと睨めっこしているティエリアに声をかける。あまり甘くないもの、とのリクエストに答えて、食堂に置かせてもらっている数種類の紅茶からレモンティーを選びとる。それから、自分のインスタントコーヒーのパックも。

「お腹いっぱいになったなら、無理して食べなくても良いよ。チキンは僕が食べてあげるけど、野菜のスープは飲んでしまってね。」

栄養いっぱいだよ、そう言いながら笑んでやれば、ティエリアが小さく返事をくれる。ティエリアの食事の面倒を何かと見てしまうのは、今も、――告白する前も、変わっていない。
食事に向かうティエリアの真剣な態度が可愛くて、今までと変わらないことが嬉しくて、アレルヤはほかほかと湯気をたてるティーカップと、自分の分のコーヒーカップを持って、ティエリアのもとに戻った。

(今までと変わらないことが嬉しいだなんて、)

なんて自分は臆病なのだろうとアレルヤは思った。距離を縮めたくてした行為を後悔しかけている自分が、とても惨めに思えた。

(でも、)

ことり、と二つのカップがテーブルに置かれたのに気付いたティエリアがそれに手を伸ばしてきたのを見て、アレルヤははっとした。考えるのに夢中で、冷ますのを忘れていた。
火傷をしてしまう、と咄差にティエリアの手を自らの手で掴む。

「あ…っ、ごめん!!」

ティエリアの白く細い手が、びくりと自分の手の中で固まるのが分かった。急いで、その手を離す。

「ごめんね。ごめん、ティエリア、大丈夫、君に触らないように、気を付けるよ。…怖がらせたり、しないから」

――気付いて、いた。
本当は心は繋がってなんていなかったのだと、そう考えてしまう自分に。
じわりじわりと、こぼれたレモンティーがテーブルに染みを広げるのをただ、見下ろしていた。





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