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知らなかったことを知ってしまえば、気付くと後戻り出来ないところまできていた
こぼれた感情を拾うすべさえ、まだ幼い僕らは知らなかったのに
君の心にふれさせて 3
真っ直ぐに肘を伸ばして、視線の先にある人型をした的を狙う。トリガーに力を込めれば、発射の衝撃で腕がぶれた。イヤープロテクターの向こう側で、銃撃音が聞こえる。レーザーが正確に人型の左側、心臓部を貫いた(どこを狙っているんだ、と自分で馬鹿らしくなった。MSのパイロットはそんなところにはいない。)
「……はぁ、」
目を保護していたサングラスと、イヤープロテクターを外す。少しばかり乱れた前髪が邪魔で、ティエリアは鬱陶しげに視界を覆う髪をかきあげた。
ついと視線を冷たく黒光りする銃に落とす。それを握る、己れの白く細い指。
(全然、違った。)
別に自分の手が小さいだとか、そんな風に思ったことはなかった。きれいだ、とアレルヤは言ったけれど、それも彼に言われて初めて意識したくらいだ。
それでも、自分の二の腕を掴むアレルヤの手は、確かに自分のそれより大きくて筋張っている気がしたし、何より力強かった。
アレルヤがあんな風に何らかの意図を持って自分に近付いてきたのは初めてだった。そう考えれば考えるほどにアレルヤの部屋での光景がまざまざと浮かび上がってきて、ティエリアはアレルヤに掴まれた己れの二の腕に指を這わせた。
(アレルヤも、…ああいうこと、するのか、)
腰に手を回された瞬間には、流石にぞくりとした。背中に電流が走ったみたいに、今まで感じたことのない何かが這上がってくるのを感じた。
いつも優しくティエリアを見てふわふわと笑む銀色はその様相を完全に失って、真っ直ぐにこちらを見つめていた。その瞳の向こうに見えたゆらゆらと揺らめくもの。
あれは、
(アレルヤが怖いなんて、思ったことなかった。心臓が煩いくらいで、…でも。)
ぎゅう、と目を伏せた瞬間に手に力が入らなくなったのか、指から銃が滑り落ちた。がちゃり、と大きな音をたてて床と衝突するのを聞いて、ティエリアは目を見開いた。
「あ…っ、」
しまった、と思って急いでそれに手を伸ばそうとすれば、横から伸びてきた手に先を越される。
ひょい、と銃がその手の中に収まった。
「なーにやってんだよ、ティエリア。銃は丁重に扱ってやんないとダメだろ。」
俺達の命を守るんだから、そう言われながら見上げた先には見慣れた男の姿があって、ティエリアは無意識に「ロックオン・ストラトス、」とその人物の名を呼んでいた。
「どうした?お前らしくもない。変に思いつめてる顔してたけど、何かあったか?」
「……別に、」
「別に、ってことはないだろ。何かあるって顔に出てるぞ」
そう言われながら、ロックオンはティエリアの右手をとって、その手の中に銃を置かれて握り締めるように指で包まされる。それを余程驚いた顔で見ていたのか、ロックオンが首を傾げ、どうした、と声をかけてきた。
「……触られるのが嫌じゃないと、思って。それに、貴方は色が白いんだな。」
そう言えば、ロックオンは何故かくつくつと笑みを漏らした。なんだ、とロックオンを睨んでやれば、やっとティエリアの手を解放したロックオンが、まだ笑いが収まらぬように口を開いた。
「いや、別にお前を笑ってるわけじゃねぇよ。ただな、誰と比べてるのか、ばっればれだと思ってさ。」
「……なっ!」
「そーだよな。俺は肌の色素薄いけど、アレルヤは違うよな。でも、あいつと手の大きさはそんな大差ないだろ?」
「俺は別に、アレルヤとは一言も…!」
そう言ってから、こんなにも焦っている自分に気付いて、慌てて取り繕おうとする。しかしそれも失敗に終わり、結局ロックオンに「アレルヤに手でも握られたか?」と先程とは打って変わって穏やかな声音で言われた。それにどう返そうか悩んでいるところで、ティエリアのその反応を予測していたかのようにロックオンが先に口を開いた。
「嫌じゃなかった、ってさっきお前言ったけど、それじゃあアレルヤに触られるのは嫌だったのか?」
「……そんな筈は、ない。でも、居心地が…悪かった。」
「…そりゃ始めの内はな。」
「…?」
どういう意味だ、とロックオンを見上げれば、「お前はアレルヤのこと、意識してるんだよ、」と軽い調子で言われる。いしき、と心の中で反復しても、その意味をよく汲みとれなかった。
「良い傾向だよ。」
「……よく、分からないが、…俺はアレルヤを嫌いになってしまったわけではないのだな?」
そう返せば、ロックオンは「当たり前だ」と笑ってくれた。それなら、とティエリアは思った。それなら、謝りたいと。
――そうするだけで、またアレルヤの傍にいれると、思っていた。
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