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『……触られるのが嫌じゃないと、思って。』

動悸がする。じりじりと、足元から嫌な感じがせり上がってくる。

(逃げて、きちゃった。)

頭の中でハレルヤが何か言っているけれど、全て意識の外側に追い出す。悲しいことには慣れているつもりだったのに、幼い時よりずっと強くなったつもりだったのに、そうじゃなかった、とアレルヤは思った。
悲しいことを経験しても、人間は強くなれる生き物じゃない。二度と同じ悲しみに陥らないように、無様にあがくのだ。正反対の蜜の味を吸った者なら、尚更。

(もう戻りたくなかったのに、)

また、一人になる。昔みたいに。そんな考えが頭を占拠する。
たかがティエリアが離れていくだけ。短い時間恋人として過ごしたその人が自分じゃない誰かを選ぶだけ。でも、

(なんで、ロックオンなら良くて、僕じゃいけないの?)

アレルヤを見て不安気に揺れる真紅を思い出して、アレルヤはぎゅっと視界を閉ざした。
やっと手に入れた大切な宝物。何も持たなかった自分に、初めてできた居場所。有りのままの自分を受け入れてくれる、優しい人。

(てぃえりあ、)

僕は強くなんてなかったから、君を解放してあげるという選択肢を持たない。
僕は強くなんてなかったから、上手なさよならの仕方なんて、知らなかった。








君の心にふれさせて 4



つ、と展望室の厚い硝子の向こう側に見える星屑をなぞる。深い深い宇宙の色が、ティエリアはとても好きだった。どんなに頑張ったって不完全な人間でしかない自分とは違う、混じりけのない色。生命育むことを決してしない閉ざされた、しかし何処までも続くだろう闇。
この硝子の外に一歩でも生身で出るならば、それで全てが終わるのだ。全てから解放される。それはとても素晴らしい誘惑のように思えた。最後の逃げ場所が、手の届く場所にあるなんて。
けれど、ティエリアはアレルヤと一緒にこの場所で宇宙を見ている間は、そんなことを考えたこともなかった。アレルヤが語る宇宙は優しい。ティエリアが思う破滅の場所なんかではなかった。

『死んだ人は星になるんだって。そしたら僕らも、君の大好きな宇宙でずっと一緒にいれるのかな。』

あの時は「さぁな、」と無下に答えてしまったけれど、それは自分達にできる、最大限の優しい未来の約束だった。

『あの星とあの星はとても距離が近いね。こんなに広い宇宙で隣同士だなんて、きっと凄い確率だ。』

僕は君とその確率でもう一度出会いたいよ、そう言ったアレルヤの顔を思い出して、ティエリアは息を吐いた。一人で落ち着ける場所を、と思ってここに来たのに、アレルヤのことばかり考えている。

「このままでは、駄目だな…」

ちゃんと謝って、そうしたら、また優しい宇宙の話を聞かせてくれるだろうか。そんなことを考えながら硝子から手を離した瞬間、背後から今一番聞きたかった声が届いた。ティエリア、と頭に響く気に入りの声音。

「アレルヤ…」

振り向いた先にいたアレルヤは、何故かとても辛そうな顔をしている。優しいアレルヤのことだからまだ気にしているのだろうかと思って、謝罪の言葉を考える。自分の否を認めるという行為がティエリアは苦手だったけれど、それがアレルヤの隣に居続ける為の条件の一つだというなら、そんなものはいとわない。

「アレ「ティエリア、」

名前を呼ぼうと開いた口から出た声が意味を成す前に、アレルヤに逆に名前を呼ばれて遮られる。そのままアレルヤが近付いてきて、心が自分のものじゃないみたいに早く鼓動をうつ。
それでも逃げてはいけない、と自分を奮い起たせた。

「なにが、このままじゃ駄目なの?」

「…それは、」

君に謝りたいんだ。そう言葉にするより早く、背中に衝撃が伝った。力任せに背後の硝子に押さえ付けられていた。両手首は、アレルヤの大きな手によって拘束されて、痛いほどに握り絞められている。ぎり、と強まる力に、ティエリアは目を細めた。

「痛…っ」

「…ティエリア、」

事態を呑み込めないまま、アレルヤの顔が近付く。そんなに僕といるのが嫌なら、なんで僕を受け入れたの。ティエリアを押さえ付けている側のアレルヤの方が余程痛そうにそう言うのを聞いてから、ただただどうすることも出来なくて困惑しているティエリアの唇に、アレルヤのそれが重ねられた。優しく、甘くなんて程遠い、乱暴で粗雑な口付け。

「…っ!!!」

感情を一方的にぶつけるだけの愛情を感じられないそれに、ティエリアは表情を歪めた。口の中に鉄の味が広がる。歯に歯茎が当たって、切れたのだろう。ぬるりと舌が侵入してきて、ティエリアはとうとう涙を流した。
今まで経験したことのない生々しい行為は、アレルヤの態度と合間って、ただただ、怖いだけだった。





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