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ああ、終った。
と思った。腕の中にいるその人は、この世界の誰よりも大切な筈のその人は、自分の酷い所業により涙を流している。彼の涙を見たのは、これが初めてだった。誰よりもガンダムマイスターであろうとする彼は、決して人前で弱音をはかないし、それが間違っているのだとしても、ただひたすらに強さを求め続けた。だから、涙を流す筈などないのだ。






君の心にふれさせて 5



こんなことを、したかったんじゃなかった。接触を拒まれたのだとしても、ちゃんとその理由を聞いてあげたいと思った。それでもし、納得できるような理由なら――自分より大切な人ができたのだとしたら、ティエリアのことは諦めよう、そう思っていた。
でも、そもそもそれが間違いだった。生まれてきて初めてできた大切な人を、そう簡単に手放せるほど、孤独を味わい続けてきた僕は強くなかった。それでも、ティエリアを自分に縛りつけておけるほど、今まで自由を持たなかった僕は弱くはなかった。
唇と唇が離れる。最初で最後の感触は、酷く甘美だった。驚くほどに柔らかくて、口内はただただ熱かった。
そっと、掴んでいた細い手首を離す。
強く握りすぎで赤くなってしまっていて、心が痛んだ。でも、これで嫌われるなら良いと思った。この無体の為にティエリアと別れることになれば、ティエリアは自分と別れることに正当な理由付けが出来る。
ティエリアは、被害者になることができるのだ。

(君に見放されるような人間だった僕が悪い)

ティエリアと視線を合わせれば、酷く怯えた顔で自分を見ている。涙が後から後から溢れだして、柔らかな曲線を描く頬を滑る。もう、その涙を拭うことさえ出来ないのだという現実が、悲しくて仕方がなかった。
誰にも必要とされないことなんて慣れていた筈なのに、ティエリアは、こんなにも違う。

「…っ、なら、」

ティエリアが口を開いた。今すぐ逃げ出したいと思うのに、それはしてはいけないことだと分かっていた。

「……っ、君が、…君が私を嫌いなら、そう言えば良いだろう…っ!?」

その言葉に、しかしすぐに言葉のもつ意味を呑み込めなかった。
――君が、私を嫌い?誰が、誰を嫌い?

「私が、…っ私がこんな、…キスを怖がるような子供だから、嫌になったんだろう!!それなら、はっきり嫌いと言えばいい!…私から離れたいなら、こんなんじゃ、足りないっ」

こんなのじゃ、君を嫌いになれない。そう言いながら真紅を細め涙を流すティエリアに(たぶん泣いたことがないから、止め方も分からないのだろう)アレルヤは呆然として、口を挟むのを忘れていた。

(僕が、ティエリアを、嫌い?)

「こんなのは駄目だ!…君が、君なしではいられなくなるように、そんな私にしたくせに、…中途半端に捨てるなんて許さないからな!!」

四六時中傍にいたり、ご飯を作ったり身の回りの世話をしたり、…弱った時だけ強引になったり、したくせに。そう涙声で言われて、もう、本当に、どうしようかと思った。

「君が傍にいるのが当たり前になるまで、傍にいたくせに…っ」

こんな、こんな僕が必要でしょうがない、みたいなことをティエリアが言うなんて。

「ちゃんと、…ちゃんと君を嫌いになれないと、私はもう戻れないんだ!」

君を忘れてしまうほどに君を嫌いになれないと、

「ひとりに、もどれない…」


そう言って細い身体を震わせるティエリアの言葉に、アレルヤもティエリアと同じことを怖がっていたことに気付いた。

(僕だって、本当はずっと怖かった)

君の一番近くを手に入れた瞬間にはもう、君を失うことが怖くて仕方がなかった。

腕を伸ばして、今度は優しく、その身体を腕の中に閉じ込める。君は、酷い。そう言いながらすがりついてくるティエリアが、アレルヤはどうしようもなく愛しかった。

「僕、…僕は君のこと、離したりなんかしないよ。」

君に僕しかいないと言うのなら、僕だって君を失えば一人になってしまうんだよ。そう言って、ティエリアを抱く腕の力を強める。
それから、ティエリアが言った言葉を思い出していた。

「キス、怖かったの…?」

「……っ」

だって、本物の人間みたいだから。そう言って抱きついてくるティエリアは、酷く人間らしく映った。

「大丈夫、そんなところも、可愛くて、すき。」

「…なっ!」

顔を赤くするティエリアに笑んでから、「僕もね、…一人になるのを怖がりすぎていたんだ。」そう言った。繋ぎ止めることばかりに必死で、ティエリアの気持ちを探すこともしなかった。
ティエリアが、強い真紅の輝きで見つめてくる。睨みつけるみたいに。

「……そんなの、そんなもの、有り得ない。」

私が、君を好きなのに。そう言ったティエリアと自分は、確かに、ひとりだった。
孤独で不完全で、求め合うことしか、しらなかったのだ。





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