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□星屑たちの憂鬱
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ティエリア一人称




肌にあたる外気の冷たさに重たい瞼を押し上げれば、何故か周りは真っ暗にも関わらず、俺は外にいた。正確には、滞在先のホテルのバルコニーにいるのが目の前の白い手摺から分かる。
俺はベッドで寝た筈だ、なぜ。と首を傾げていれば、背後から控え目な笑い声が漏れてくる。「ティエリア、寝惚けてるの?」可愛いね、と付け足されたのでむっとしながら(そう言われるのは好きじゃないと何度言えば分かってくれるんだ)声をかけられた方向を振り向けば、当然のようにアレルヤがいた。――当然のように、と言うよりは、この俺を無断でベッドからこんなところまで運んで、その上可愛いだなんて言うのがアレルヤ以外だとしたら、この場で制裁を下してやっている。とは言ってもアレルヤがあまり調子にのると後々困るので、アレルヤの髪を恨めしそうにぐい、と引っ張ってやった。が、アレルヤが楽しそうに擽ったそうに笑ったので失敗に終った。

「寒かったら言ってね。」

そう言われながら、膝に被せた真っ白なシーツを丁寧にかけ直され、次に背後から腰に手を回されて強く抱き締められる。背中が、アレルヤの胸に押し付けられた。
ここで恥ずかしそうにすれば負けだ、と思った。だってほら、アレルヤが楽しそうにこちらを見ている。「照れてるの?」なんて嬉しそうに言われるのがオチだが、それは避けたい。だから難しい顔で(いつもの顔だ)手摺の隙間から見える千切れた夜空を睨んでいれば、頬に口付けが降ってきた。「機嫌なおして?」と笑いながら言われる。――俺がどんな反応をしても、アレルヤの思う壺らしかった。

「別に寒くはないし、機嫌も悪くない…それより、何故こんな場所で目覚めなければいけないんだ。」

「え、今日は七夕だから星見ようって言ってたよね?」

「……それは聞いた。しかし俺は星を君と一緒に見るなんて一言も言ってないし、何より起こすならベッドで起こしたらどうだ。」

そう言いながら眉間に皺が寄っていたのか、次はそこに軽い口付けを落とされた。この体勢はいけない、と思う。アレルヤの腕の中に収まってしまっているからアレルヤからすればやりたい放題で、俺は逃げられない。
それに、後ろから抱き締められると、無駄に落ち着いてしまう。だから、ダメだ。

「だってティエリア、呼んでも全然起きないんだよ?それに夜中だから大きな声出せないし。」

そして少し間が開いてから、「キスで起こすと怒るでしょう。」と言われる。

「……っ、お前のキスは呼吸困難になるっ!」

しかしその言葉にアレルヤが嬉しそうに「そうかな?」と言ったので、その話はやめる。どちらにせよ、寝起きがすばらしく悪い上に、朝は機嫌までも地を這っている俺の世話をしてくれるのだ。感謝の言葉は出ないけれど、責めるのは御角違いというやつなのかもしれない。

「……で、君は恒星にする願い事とやらは決めたのか?」

今晩が七夕だと言う話は、日付が変わってから何度も聞かされた。タナバタが何か知らなかった俺に、ご苦労にも星の本まで見せて語ってくれた(銀河系の円板部の恒星が天球に以下略、の部分なら丸暗記しておいた)太陽光発電に完全に切り変わる以前は大気汚染で見えなくなっていたらしいが、今は見えることも。

そして、七夕の日には願いごとをするらしいことも聞かされていた。

「恒星じゃないよ、天の河。でも僕ね、七夕の時の願い事って叶わないんじゃないかなーって思うんだ。」

「…なぜだ、」

願い事なんていつも叶わない、とは言わなかった。そう言ってしまえば終りだが、アレルヤの話を聞いてみたい気もしたのだ。

「だってね、織姫と牽牛は一年ぶりに大好きな人と会えるんだよ?僕たちがその二人だとして、ティエリアと一年ぶりの再会だったら人の願い事を叶えてる余裕ないよ。」

そう思わない?と聞かれて、瞬時に「聞くな」と返す。アレルヤの中では俺が織姫らしいが、それを想像するのも嫌だし、何より今でもべたべた張り付いてくるのに一年ぶりに再会したアレルヤの所業は想像するとこの上なく怖い。
アレルヤはそんな俺の考えが分からないのか、首を傾げていた。

「……だが、そうだな。俺なら少しだけ、あの二人が羨ましいかもしれない、」

「え?」

自分達は、一度その道が分かれることがあれば、もう一生会うことは叶わなくなるだろう。命が燃え尽きるのは、例えば明日かもしれない。
それでも、織姫と牽牛は変わらず来年も一年に一度の逢瀬を交すのだ。未来永刧、とどまることなく。そしていつか、俺がアレルヤと過ごした日数をいとも簡単に追い抜くのだろうか。

――そう考えれば悔しくて。そして思うのだ、アレルヤとなら天の河で分かたれる星になるのも悪くはないと。
(なんて無器用な、願い事だろうと。)




星屑たちの憂鬱




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