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□慌てて離した手
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(…――ここにお前がいないのは当たり前なのに、…刹那。)

もう、たくさんだと思っていた。春が来るたびに父親が転勤して、母親のいない俺は、それについていくしかなくて。その度に学校が変わった。誰とも仲良くならないように気を付けていたけれど(もともと騒がしいのは嫌いだから他人と一緒にいようとは思わないが)でも、前の学校は、桜が咲く季節までいたそこは、少しだけ居心地が良かった。
いつも一人でいる俺に気を使ったわけじゃないのは知っていた。この容姿はなかなかに人目を引くらしく、上部だけの付き合いをしようと近付いてくる奴らはいたけれど、俺の性格を知ったら皆離れていったから。ただ一人、刹那だけは違った。何度必要ないと突っぱねても、学校生活で生じる団体行動の時には呼んでもないのに近寄ってきた。諦めて傍にいるのを許せば、彼との時間は存外に心地の良いものだった。休み時間とか、移動教室とか、一人でないのは初めてだったし、刹那からは自分に似た何かを感じていたから、一緒にいても苦にはならなかった。

だから余計、嫌だった。寂しいなんて決して言わなかったけれど父親に初めて意見した。ここにいては、いけませんか。
そう言った自分はどれほど滑稽に見えただろう。今まで全て親の言いなりだったくせに。何より悲しかったのは、「お前は一人でいることには慣れていると思ったよ」という一言だった。


(…誰も、俺のことなんか知ろうともしないくせに、)

ぎゅう、と手に持ったハードカバーの本を強く握る。現在いる場所は新しく転校することになった学校の図書室だった。まず職員室に行って新しい教室に案内してもらわないといけないなんてことは分かっていたけれど、好奇の目線にさらされるのは嫌だし、何より自分の居場所がないことを再確認しなければならないことが苦痛だった。がたがたと、本を戻す為に、足場となる梯を移動させる。それから、またそこに上る。
もう今日はこのまま、帰ってしまおうか。そう思った。仕事で疲れた父は、俺が学校で何をしようと無関心だ。学年首位を何ヶ月もキープしようが、無断で早退しようが、…友達を、つくろうが。
溜め息と共に瞳の奥がじくりと痛み始めた瞬間に、静かな図書室の扉が唐突に開いた。

「…ティエリア?いる?」

ひょこりと、扉の向こうから長身の男が姿を現す。瞳は珍しいシルバーで、目尻がきゅっと上がっている。
整った、しかし冷たい印象の顔のつくりとは裏腹に、声は少年期のように高めだ。この学校指定のブレザーの制服に覆われた身体は、しかし見るからに自分よりもずっと成熟していた。

「………」

「あ、もしかして、君、ティエリア?」

なんで名前を、と俺が言う前に、その青年が近付いてくる。ふわりと笑った顔に、なぜか好印象を持った。

「先生が、探してたよ。あのね、僕も、」

「……っ!」

その男の言葉に、連れ戻される、と思った。あんな場所になんて行きたくないのに、今自分がおかれている立場から逃げたいのに、それさえままならないのか。足場となっていた梯から降りようと、足を下の段にかける。
ふわ、と体が一瞬浮いた。

「…っ、ティエリア!!!」

乗っていた梯ごと、体が右に大きく揺れる。倒れる、そう思った瞬間にはもう、温かな体温に包まれていた。背後で、がたん、と大きな音がする。梯だけが倒れたらしかった。

「あ……、」

恐る恐る目を開ければ、先ほどの青年が自分を腕の中におさめて尻餅をついている。かばって、くれたのか。

「大丈夫?どこか痛いとこない?」

そう言ってまたあの笑顔を浮かべたと思った次の瞬間、男は顔を真っ赤にした

「うわ…っ、ごめん!!」

ばっ、と目にも止まらぬ素早い動作で背中に回っていた手を離される。その余りの慌てようと、目の前のこれでもかというほどの真っ赤な顔に、俺は首を傾げた。

「…何を謝っている?」

「いや、ちょっと馴れ馴れしすぎたかな、…って。あ、急だったからって、知らない人にこういうことされるの、嫌だよね。」

「………俺は女ではないから、気にしない。」

まぁ、他人との接触は嫌いだが。そう思いながら彼に短く礼を言うと、しかしまだ何やら顔を赤らめてもごもごと言っている。なんだ、と無言で見続けてやれば、観念したかのように口を開いた。

「…だって、君みたいな綺麗な子とこんな近付いたら、誰だって緊張すると、思いま、す…」

「なんで敬語…」

「…や、先生にもう一人の転入生は凄い見目麗しいぞ、とか言われたから心の準備はしてたんだけどね、なんていうか、予想以上で…」

「……話が繋がっていないんだが。」

馬鹿なのか君は。そう言ってやれば、その男はまた、情けない顔でごめん、と謝ってきた。それから、でも必死で、と。

それより、先ほどの言葉が気になった。




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