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□それは、恋ではなくて
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ティエリア視点








(アレルヤ・ハプティズムは、間違っているのだと思う)


「いいな、ああいうの。憧れる」

そんな事を同じベンチの右隣に座っていたアレルヤがぽつりと言った。普段通りの、どこか寂しげな、穏やかな、そんな声。他人に自分の存在を残さないよう気を配っているみたいに聞こえ始めたのは、いつ頃からか。でも、少なくとも、自分にはたくさんの容量で残る。そんなこと、アレルヤには言ってやらないけれど。

「ねぇティエリア、そう思わない?」

アレルヤが視線の先の光景を放棄して、こちらを見る。それから、眦を下げた。それはもう、幸せそうに。たぶんこいつは今、俺を見ながら今日も綺麗だな、とか、大好きだな、とか、この話題はティエリアを不快にしていないかな、とか、そんなことを考えているのだろう。
正直、やめて欲しい。

「…興味はないな」

「……そう?」

現在、ユニオンの軌道エレベーターのある地域に程近い場所の公園に、二人して腰を下ろしていた。自称兄貴分、ぷらすリーダー格であるロックオンがこの場所で落ち合うことを決めたのだ。
そして、目の前、すなわちアレルヤの視線の先には仲が良さそうに走り回る二人の子供。顔というよりは笑い方が似ているから、姉弟(きょうだい)なのだろう。そんな二人を見守る両親。こちらもまた、柔らかに笑う顔がとても似ている。
それらを見て、アレルヤは羨望の眼差しを送っているのだ。

「そんなに、血の繋がりが恋しいか?」

「え、」

アレルヤがびっくりしたみたいに、こちらを見た。
アレルヤと俺は、CBの中でも特に親や兄弟といったものを知らずに育ってきた。少なくともアレルヤには深くうずもれて消えた記憶の中に母親に抱かれた事実はあるのだろうが、それは上手く思い出せるものじゃないらしい。

「…別に、そういう訳ではないけど」

そう言って、アレルヤが少しだけ距離を詰めた。初めから人一人分も開いていなかった二人の間が、更に狭くなる。俺は、手に持っていた端末を閉じた。それと同時に、その手にアレルヤの手が重ねられた。自分の白くて頼りない手とは違う、アレルヤの手。

「なんの、まねだ」

「それは僕が聞きたいよ。なんでずっと、気付かないふりをしているの?僕が言いたいこと、知っているでしょう」

でも、君が頑に拒むから、言えないままなんだよ。そう言ったアレルヤの思うところを、俺は確かに知っている。さっきの言葉だって、本当は単なる優しい空間への羨望なんかじゃなくて、俺への訴えだ。
アレルヤは、俺に、確かな繋がりを求めている。目の前の家族が繰り広げている空想の世界の出来事のようなあったかな関係を、驚くことに、この俺との間に欲しているのだ。

(そんなもの、与えられる筈がないだろう)

「ティエリア、ねぇ、少し暑くなってきたから、あっちの木の下に行こう?」

「……遠慮する」

でもその言葉は聞き入れて貰えずに、アレルヤは強引に俺の手を引いた。
木の下だと?木の陰、の間違いだろう。と俺は思った。最近、ミッションで忙しかったからアレルヤは俺の体に触れていなかった。だから、人目につかないところで口付けか抱擁かを施されるのだろう。
それを阻止しようと、口を開いた。

「こんな事を続けて、何になる。家族が欲しいのならば、女性と交わらなければ意味がないだろう」

「それは違うよ。家族は女の人と作るんじゃなくて、好きな人と作るの」

「それなら、なおさら間違っている。俺は君を好いてはいない」

「それも不正解。本当にそうなら、君はこの手をもう振り払っているもの」

ぴたりと、アレルヤが足を進めるのをやめた。足元には、茂る木の枝と葉の影が色濃く落ちている。

「アレルヤ、」

「うん」

アレルヤの腕が伸びて、背に回る。感触を、存在を確かめるみたいに服の上から背を撫でながら、腰まで下りる。

「君が戦争が終わって尚その馬鹿みたいな言葉を吐いたなら、俺をくれてやらんことはない」

「…いじわる。今ちょうだいよ」

ふふ、とアレルヤが笑う。笑ったアレルヤは、そんな日が来ないことを、知っている。
アレルヤが、首筋にキスをしてきた。大きな体を俺に擦りつけて、鼻先を髪の中に埋める。それから、「君と幸せになりたいな。大好きな君と、家族になりたい」そんなことを言った。

そんなことを言ったアレルヤは、そんな日が来ないことを、知っていた。

そして俺は、そんな日が来るようにと、何度も何度も願っていた。

(アレルヤが、俺の家族になってくれれば良いのに)

もしもなったら、俺たちもあの家族みたいに、笑顔が似ていると言われるようになるかな。いや、ならないだろうな。だって、そんな日は来ないのだから。






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