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□貴方が霞んで、見えなくなるまで
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僕は、無器用だから。唐突にかけられた言葉に些か目を見開きながら、ティエリアは自分の後ろを静かについてくるだけだったアレルヤを振り返った。
秋から冬へ変わろうとする地上の夕暮れ時の気温は低くて、その上いきなり降り始めた雨は冷たい。傘なんて持っていない二人は、濡れてしまうのを覚悟でエージェントのホテルまでの道のりを歩いていた。
二人の間には、軌道エレベーターのロータリーを出てから一言も会話がない。普段ならそっけなくしても意味のない言葉をずらずらと羅列するくせに、とティエリアは黙り込むアレルヤに対してそんな感想を持った。でも、それを口に出すことはしない。誰かと話すのは好きじゃないのだ。

(ただ、…ただ、なんとなく無償に、アレルヤに、こちらから言葉をかけたいと思うなんて、きっと、…気の迷いだ)

そんなことを考えていれば、雨が降ってきて、それから、さっきのアレルヤの言葉だ。

「僕は無器用だから、」

「……そんなこと、知っている」

他に何と返して良いか分からなくてそう言えば、アレルヤが緩く笑った。アレルヤの笑顔には嬉しい以外の感情の種類がいくつもあるけれど、これはティエリアにも分かった。

「喜ぶようなことを、俺は、言ったか…?」

「うーん、なんて言うか、」

アレルヤがティエリアの方に足を踏み出して、開いていた距離があっという間に埋まる。アレルヤは、一歩の歩幅が大きい。
ばさ、と唐突に視界が影になって、ティエリアはぱちりと目を瞬かせた。睫毛についた水滴が跳ねた。

「僕がもっと気のつく人間なら、君を濡れさせたりしなかったのにね」

今度は寂しそうな笑い方をして、アレルヤが着ていたグレイのロングコートを頭に被せてくれる。雨が、当たらなくなった。アレルヤの匂いでいっぱいだ。
ティエリアがアレルヤをコートの中から見上げれば、アレルヤは照れたように笑った。

(…こいつは、よく笑うな。いろいろ、たくさん笑う)

「地上に降りるんだから、ちゃんと天気予報を見てくれば良かったよね。…ロックオンなら、きっと、傘とか持ってきて、雨が降ってきた瞬間とかに君にさしかけてあげるんだろうね」

「……ロックオン・ストラトスを引き合いに出してどうする。…俺は地上に天気の変動があることを忘れていた」

正直にそう言えば、アレルヤがまた笑う。今度は、安心したみたいに。

「そっか、君らしいね。でも、そんなティエリアだからこそ、ちゃんと傘を持っていてあげたかったな」

残念、そう言ったアレルヤに、何をそんなに気を使う必要があるのかと、ティエリアは思った。確かにティエリアはマイスターだから風邪でも引けば計画に差し障りがあるが、反対に言えば、それだけだ。そんなに、アレルヤが気を病むことでもない。
二人は、そういう間柄だった。同じガンダムマイスターだという以外に、二人の関係は名前を持たない。だから、ティエリアはそれをアレルヤに伝えようと思った。なぜだか思い詰めた顔をしているアレルヤが、これ以上そんな顔をしないように、気を使ったつもりでもいる。

「俺は、平気だ。少しくらい濡れても。…それに、これ、」

くい、とアレルヤの物であるジャケットの裾を引っ張る。アレルヤは相変わらず、雨に降られているままだ。

「俺に貸すつもりなのだろう?それならもっと、大丈夫になる…から、」

自分らしくない事を言っている自覚がティエリアにはあって、でもそれで馬鹿みたいにアレルヤが悩まなくなるならそれで良いとも思った。
なぜだか、アレルヤが首を振った。

「ごめん、違うんだ。気がつかないのも本当だけど…本当は、ずっと考え事をしていたんだ」

そう言うアレルヤを無視して(だってアレルヤはいつだって考え事をしている)丈が長いからアレルヤも入るのではないかと、ティエリアは自分の頭にかかるコートの半分をアレルヤに被せてやる。
なんだか窮屈だ。ああ、アレルヤは体が大きいからか。でも、これでアレルヤも風邪をひかないな。こいつだって、マイスターなのだから、そんな事を考えていた。

アレルヤが、酷く焦ったような表情をした。肩がアレルヤの大きな手の平に少し強引に掴まれる。

「ティエリア、ちゃんと聞いて、」

いつにない強張った声音に、ティエリアは顔を上げる。アレルヤの切目長の瞳が近い。コートの外では、雨脚が一層強まった。アレルヤがティエリアを引き寄せて、耳に口を近付ける。

「君に今日、…こくはく、しようって、そう決めたら何も手につかなくって、」

「……え、」

「ティエリア、すき、だいすき、」

君が僕でいっぱいになってしまえば良いのに。
抱き寄せられるのを感じた瞬間、雨の音が消えた気がした。




貴方が霞んで、
見えなくなるまで




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