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□目をあけたままで、
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(ハレルヤ視点)



――アレルヤがロックオンに泣き付いているのと同時刻。校門。

「たりぃ…」

これから新生活が始まるのだと頭の中では考えていても、暦の上では冬に差し掛かった秋なので桜がなければ空はどんよりと曇っていて、肌にあたる風は冷たい。
重たい溜め息を吐いて、ハレルヤは手の中のメモに視線を落とした。羅列された番号は、ハレルヤの双子の弟であるアレルヤの寮の部屋を示している。
アレルヤとは、お互いが違う学校に入学した夜に会って以来、連絡も取り合っていない。勿論ハレルヤの住むアパートには週に一度、必ずアレルヤからの留守電が入ってきていたが、ハレルヤが故意に取ろうとはしなかったのだ。

(あいつは、俺といない方が幸せになれるんだよな。俺と間違えわれて変な奴に絡まれることもないし、俺の世話焼かなくても済むし、恋人、だって…)

アレルヤの泣きそうな顔が一瞬頭をかすめて、ハレルヤは大きく頭を振った。

「まぁ、今回は仕方がないか」

くしゃり、とアレルヤの部屋番号が書かれた紙を手の中で握り潰す。
そのまま、ぽい、とそれを手放せば、紙片が地面に落ちるのと同時に、それは襲ってきたのだ。

「いってぇぇ…っ!!!」

ばこ、と鈍い音をたててその物体はハレルヤの頭に命中し、そのまま紙片の側に転がる。靴だ。
誰だこんなもん放りやがったのは、と靴が飛んできた方向を見た瞬間に、ハレルヤは言葉を失っていた。

「………」

それから、入学式の夜に聞いたアレルヤの言葉を思い出す。

『すごいんだよハレルヤ!アカデミーには妖精さんがいるんだ!』

妖精さんとかやめろよ阿呆、と返した自分を、きちんと記憶している。しかし、この顔を見れば若干頭の中ファンタジーなアレルヤなら妖精に見えるのかもしれない、とハレルヤは思った。(目の前の人間がアレルヤが言うのと同一人物かどうかは定かではないが)
風に舞う細く真っ直ぐに切り揃えられた髪は春を思わせる菫色で、肌は透けるような白。顔はあらかじめ何処にパーツを配置すれば一番美しいのか考え尽された上で完成した人形のようだ。しかし、長い睫毛に縁取られた瞳は太陽が沈む一瞬を切り取ったような苛烈な真紅で、生命力に溢れている。
きれいだ、なんて手放しで思ったのは初めてだった。

しかし、それは一瞬のことで。

「ゴミを捨てるな。…クズめ」

聞き違いかと思った。
その綺麗すぎる顔から吐かれた言葉とは思えない内容だ。そんなハレルヤの思考をあざ笑うかのように、その人物はハレルヤの近くまで歩み寄ると、靴を拾いあげた。――ハレルヤの側頭部に靴を投げつけたのも、同一人物らしい。

「おまっ、なんで靴なんか…」

「先ほど言っただろう。お前がポイ捨てをしたからだ。他人に触るのは好きではないから俺自身が制裁を加えるわけにはいかないし、本を投げると本が傷つくかもしれないし、お前に当たって惜しくない物が生憎靴しかなかったのだ。だから靴を投げた」

そこまで一息で言いきって、そのまま、じっと顔を見てくる。近付いた綺麗な顔に心臓が跳ねたが、すぐにその行動の原因に思い至った。このアカデミーの生徒なら、アレルヤを知っていてもおかしくない。だから、不思議なのだろう。

しかし、真紅の瞳を細め、その人物は「ちがう、」と一言そう言った。
それから、くるりと方向転換する。

「おい、どこ行くんだよ」

「約束があるのでな。お前に教える義務はない」

そうは言われたが、すぐにその約束の意味が分かった。無表情のようでいて、結構顔に出ているのだ。

「なんだ、恋人のとこかよ」


「それは……、微妙なところだな。お試し期間、というものだからな。現在」

「はぁ!?」

なんだそりゃ、とハレルヤは思った。お試し期間だと言った時は寂しそうな顔をしたくせに、意味が分からない。
その言葉の意味を聞こうとしたところで、足元の紙片が視界に入る。そして、先ほどの台詞。

「ちっ…」

面倒臭ぇ、と思いながらも、一度捨てたそれを拾い上げる。
そうすれば、少し離れたところから控え目な笑い声が聞こえた。

「なんだ、思ったより素直なんだな。お前は」

「……………うっせぇ、」

反論はしかし、その笑顔に見とれていた為に小さな声でしか出来なかった。
頭に当てられた靴とか、辛辣な言葉とか、動じない態度とか、それから、笑顔。

こいつがアレルヤの言う“妖精さん”とは違う人物であることを、祈る以外に出来ることはなかった。




出会った瞬間に×××




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