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□君限定の僕
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するりと髪を撫でる指を撥ね退けようとして、やめた。いや、やめざるをえなかった。

「君をねぇ、連れて行こうかなって思って」

「そんなこと、「僕に嘘ついたってダメだよ」

ぴしゃりと言われた言葉に、その先が詰まる。
ああリジェネは知っていたから来たのだと、ティエリアは悔しくも素直にそう思った。
背中を食器棚に預け、リジェネが綺麗な、ティエリアにとっては脅威でしかない笑みを浮かべる。心を落ち着かせようとキッチンにたつアレルヤを想像しようとしたけれど、上手く像が結べなかった。

「ティエリア、此処を出ようって思ってたんでしょ?だから僕は迎えに来たんだ。…君に、共同生活なんて向かないよ。相手が恋人なら尚更」

「……」

リジェネが言うことはいつでも正しい。
確かにティエリアは共同生活が苦手で、波長の合うアレルヤだからこそ、アレルヤが恋人という間柄だからこそ、上手くいかないこともあるのだ。
例えば、アレルヤは望むことが少ない。ティエリアは外へ働きに行ってさえ家事のほとんどをこなすアレルヤの手伝いをしたいと思うのに、させてもらえない。何度も失敗をした結果だ。

そして、そんなアレルヤの数少ない望みを、ティエリアは実行してやれない。同棲している恋人らしいこと――何もおはようのキスとか、いってらっしゃいのキスとかではない(些かティエリアにはハードルが高すぎる)ただ、帰ってきたアレルヤを出迎え、『おかえり』と言うだけだ。それだけ。
でも、ティエリアには出来なかった。玄関まで行ってそんな言葉を言うなんて、自分が本当にアレルヤを待っていたみたいだ(いや、実際は待っているのだが)そして何より恥ずかしい。

そんな風に、アレルヤの為に出来ないことが増えていって、そして生活を共にすることで見せる生活力のなさだとかも増える。一緒にいたって良いことなんてない。
何より、ティエリアはアレルヤに自分の悪いところばかりを見せて、愛想をつかされるのが怖かったのだ。ずっと一緒にいたいけれど、今までみたいに離れていた方が長く続くのではないか、とまで考えてしまうのだ。

「君自身が一番、分かってる筈でしょう?」

ほら、あれとか。指さされた先は、先程までいたリビングだ。
無器用に畳まれた洗濯物が散乱しているだけではなく、アイロンに失敗してアレルヤの仕事で着るカッターシャツの肩の部分が焦げてしまっている。

「言わないで欲しかったって顔、してる。こういう失敗ももう、初めてじゃないんでしょ?」

「兄さんに、言われる筋合いはない」

「うんうん、そうだよね。でもさ、ティエリア、君、ちゃんと謝ることも出来ないんでしょ。でも彼は優しいから許してくれる。そしたら怒ってくれれば良いのに、って鬱憤が溜る」

すたすたと、リジェネがリビングに戻る。ティエリアはその後を慌てて追って、リジェネの指に触れる前に、件のカッターシャツを掴んだ。

「不必要にこの家の物に触るな!」

「そんな警戒しなくても良いじゃないか。別に、君のこと馬鹿にしてるわけじゃないよ。だって無理したら君が可哀想だもの。それに僕は、君が彼より僕を選んでくれた方が嬉しい」

優しく頭を撫でられて、どうすれば良いか分からなくなる。
無理を、しているのだろうか。一緒に住むと決まった時、あれほど嬉しかったのに。

次の瞬間、ぴんぽん、と玄関のチャイムが鳴って、ティエリアはびくりと身体を震わせた。


「あ、旦那様がおかえりみたいだよ」

迎えに行かなくて良いの?無理だと知っているのにそう聞かれて、どうしよう、と思う。またアイロンに失敗して、目の前には自分と瓜二つな兄がいて。この状況をどう説明すれば良い?いや、どう謝れば良いのだ。
それに一番は、アレルヤと兄を会わせたくなかった。兄は、リジェネは、ティエリアの大切な物を横から奪って行くのが大好きなのだ。人だってそうだ。ティエリアが気が合うな、と少しでも思った相手は、しかしリジェネとより仲良くなるのだ。――性格を考えれば、当たり前かもしれないけれど。

「行かないの?…ティエリア、君さ、君の飛び抜けて良いとこって、容姿だけだって理解してる?もっと愛想よくしなきゃ、飽きられちゃうよ」

一番言われたくない台詞を残して(容姿、なんてリジェネも同じなのに)リジェネが玄関に向かう。

(やめろ、アレルヤに会わないでくれ。私が、アレルヤの中の一番で、いられなくなるから)

震える足を叱咤して、玄関に向かう。ぎゅう、とカッターシャツの裾を握った。玄関に向かうフローリングの廊下が冷たかった。



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