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□君限定の僕
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たどり着いたそこで見たのは、昔見た光景に酷く似ている気がした。アレルヤと出会うより前の学生時代、ティエリアと会う約束をすっぽかしてリジェネと会っていた友人を。その光景に。
「おかえり、アレルヤ。初めまして、ティエリアの兄です」そう言って朗らかに笑うリジェネに、アレルヤが驚きながらも笑みを返す。ぐらぐらと頭が痛い光景だ。でも、きっとこれがアレルヤの望んでいたものだ。疲れきった自分の帰りを優しく笑みながら迎えてくれる、そんな温かな存在。
それに引き換え、昔から、自分は。(リジェネに劣倒感ばかり感じるのは、やめたいのに)

そんな二人を見ていられなくて、強引に二人の間に割って入った。「ティエリア、?」そんな、いたの?って言うみたいにアレルヤに見ないで欲しかった。ああ、終わりにしたい。
ぐい、とアレルヤに持っていたカッターシャツを押し付ける。アレルヤがたぶん反射的に、それを受け取った。受け取って、アレルヤの表情が曇った。

「すまない、また、アイロン…失敗した」

とりあえず謝ってから、リジェネを見る。嬉しそうな顔。
よく言えたね。でもまだ言うこと、あるよね。って、無言でリジェネが言ってくる。
少しの間の沈黙が息苦しいけれど、嫌なわけじゃなかった。終わりたいとは思うけれど、早く終わって欲しいわけじゃないから。一秒でも長く、アレルヤと一緒にいたかったから。

「…っ、アレルヤ。俺は、此処を出て行こうと思う。もう一緒には住めない」

それだけ言って、驚いた顔のアレルヤを放って玄関を飛び出した。扉を閉める瞬間、追おうとしたアレルヤをリジェネが諫めるのが見えた。
後は、リジェネに任せれば良い。これで、おしまいだ。きっともう此処は“ふたりの家”じゃなくなる。悪い方に転がれば、恋人関係も絶たれる。――もっと悪ければ、アレルヤをリジェネにとられたりするのだろうか(リジェネは基本的にアレルヤのようなタイプは好きではない気がするが、アレルヤがティエリアの顔が好きだったのなら、それも有り得る話だ)
そうとにかく、ティエリアがアレルヤと離れて暮らそうと思う理由をリジェネが代わりに上げ列ねてくれて、そして、解放されるのだ。ティエリアが、ではなく、アレルヤが。アレルヤはきっと自分を迷惑だと思っていただろうから。




夜に差し掛かる夕暮れの風は冷たくて、でも他に行く場所がなくて、ティエリアはアパートの向かいにある公園のブランコに腰かけた。どうせ、飛び出したって行くところなんてないのだ。リジェネが来てくれるのを待つしかない。
き、と軋んだ音をたててブランコが揺れる。昼間は子供達の笑い声で聞こえない音だ。だから、いっそう一人だと思う。これから先もずっと、リジェネといる限り比べられて、そして何においても勝るリジェネを、皆好きになるのだろう。

(誰か一人でいい。僕だけを見て欲しかっただけだ。リジェネより、僕の方が好きだって…一番好きだって、言って欲しかった、)

鼻がつんと痛くて、じわりと眸の奥が熱をもった。涙が出るのかもしれない。それは情けなくて嫌だ。そう思った刹那、唯一ポケットに入れていた携帯が震えた。メールの着信だ。アレルヤの好きなピアノ演奏者の曲をオルゴールアレンジしたものだ。ぽろん、ぽろん、とゆっくり溢れる音を聞きながら、それを開く。

リジェネからだ。
本文は、たった一行。

『あ〜あ、残念。』

意味が分からない。
何より分からないのは、アパートからアレルヤが出て来たのが見えたことだ。

すぐにこちらを発見して、アレルヤが走ってくる。そうしてブランコに座ったままのティエリアを見下ろして、「リジェネさんには言ったけど、」そう乱れる呼吸を整えながら言葉にした。

「僕、君が家事を全くできなくても、玄関まで出迎えに来てくれなくても、恋人らしいことが出来なくても、それを苦だと思ったことは一瞬たりともないよ」

「………」

アレルヤの左手が伸びてきて、ブランコの鎖にかかる。かしゃ、と金属音が辺りに響いた。鎖の表面は、空の色が映った鈍い朱色だ。
アレルヤを見上げれば、少し寂しそうな表情にぶつかる。言われたことが、理解出来なかった。



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