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□朝、その前に
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「アレルヤ、違う。離れてくれ。喉が渇いたんだ」
食堂に行く、という言葉を言う前にアレルヤがむくりと起き上がったから、ティエリアは口をつぐんだ。
なんだその目は。
ひくり、と自分の表情がこわばるのをティエリアは感じた。無表情でティエリアの身体に跨り覆い被さるアレルヤの瞳の真意が読めない。そういう顔は反則だ。あと、この体勢も。
「おい、アレ…んぅっ!」
案の定というか何というか。素早く降りてきたアレルヤの唇に、己のそれを塞がれる。
「んっ…ふ、ぅ、」
背中に手が回って強い力で引き寄せられ、気を抜いて口で息をしたらその隙にぐいと舌を入れられた。
「んぅぅっ!」
離れようとしても、離れられない。この馬鹿力め!なんて、今日何度目かの台詞をアレルヤにぶつけた。
アレルヤの舌が逃げようとしていたティエリアの舌を絡めとり、擦りつけてくる。ぞわぞわと背筋を走る何かに、言いようもない緊張を感じた。
(寝る前に言った筈だぞ。明日も朝早いのだから、今日は何もしないと。)なんて言葉は、しかしアレルヤには通じない。
「んん、…ふぅぅっ!」
くちゅ、ぴちゃ、と耳に届く水音がいつもより大きい。とろりとしたそれが舌から舌へと伝ってくる。その羞恥と息苦しさで、ティエリアはじわりと目尻に涙を浮かべた。
舌と舌の粘膜が擦りあう感触に頭の芯がぼうとするのを感じながらなんとかそれを飲み下すと、アレルヤがあっさりと身体を引いた。ちらりと見えた赤い舌に銀の糸が引いていくのを見ていられなくてティエリアは視線を外そうとした。
した、のだが。
「えへへ、少しは喉が潤った?」
なんていうアレルヤの言葉に、気がついたらアレルヤの頭に拳を叩きつけていた。
「痛…っ!」
身体を縮こめるアレルヤを尻目に、ティエリアは上半身を起こす。こんな奴の相手なんてしていられないとばかりにベッドから抜け出そうとすれば、しかし今度は肩を押され、再度ベッドに逆戻りしてしまった。
何の真似だ、とアレルヤを睨むけれど、アレルヤにはもう効いていない様子だ。「なんか…雰囲気出てきちゃったかも。もう少し先も、」と言いながら脇腹を撫でるものだから、ティエリアは今度は腹に膝蹴りをお見舞いしてやった。強烈なやつを。
「馬鹿かお前は!俺は喉が渇いたと言っただろう!食堂に行くからそこをどけ馬鹿者!俺が昨日言ったことも覚えていないお前みたいな馬鹿は床で永遠に寝ていれば良いんだ!!」
言いながら、今度こそ顔を歪めているアレルヤを放って、床に足を下ろす。
「えぇっ!待ってティエリア…!」
慌てた声と共に、腕を捕まれる。嫌々ながらも振り向けば、心底後悔したような、反省したような、そんな顔のアレルヤがこちらを見てベッドの上で正座している。しかし腹はもう痛くないようだ(憎らしい腹筋め…!)
「触らないでもらおうか。筋肉性欲魔人さん。」
「ぅ…、ごめんティエリア。僕が悪かった。謝るよ。もともと僕が押し掛けたんだし、今日も朝早いから何もしないって約束だったものね。…約束破ろうとして、ごめん」
「………」
じとりと睨みつけて、それだけか?と聞けば、アレルヤが更に申し訳なさそうな顔をする。
「あ、あの、朝起きて、君が隣にいてくれたことが、その、…嬉しくって」
「………」
「な、何言ってるんだろ僕、ごめん!あの、水も僕がとってくるから、」
ごめんね、とまた謝られた。
ああそんな、困った表情をされたら、あれだけ罵倒したのに幸せそうにされたら。負けたのは僕だ、とティエリアは思った。こうやってすぐ非を認められるのも、嬉しいと思ったけとを相手に伝えられるのも、ティエリアには出来ないから。
そして、ベッドから出ようとするアレルヤを引きとめるみたいに腕を掴んで、
「俺も……行く、」
なんて言ったら、大敗もいいところだ。
ほら、アレルヤが嬉しそうに笑顔を作る。宇宙にはないけれど、朝日ってこんな感じだろうか。
アレルヤが手を差し出して、ティエリアの手を引く。指と指が絡んで、アレルヤがティエリアの額に軽いキスを落とした。
「ああそうだ忘れてた…おはよう、ティエリア」
朝、その前に
負けっぱなしな朝も、君がいるならかまわない。