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□トレモロの崩壊
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ティエ視点。
本編とは関係なしで、時間軸は一期。いちお恋人未満。







こんな関係になるなんて、とキュリオスのハンガーを見下ろしながら思う。
整備用のベッドに固定されている朝焼け色の機体には、もう誰も乗ってはいない。先程ミッションが終わったばかりだから、搭乗者は既にそこを去っているのだ。そして、普段ならばシャワーを浴び、自室に戻る。しかし、今回もそうはしていないだろうと、ティエリアは息を吐いた。

「なぜ俺が…」

そうは思うものの何故か放ってはおけなくて(だって、自分が無視すれば誰が気付いてやるんだ)シャワールームへと移動する。
シャワールームには、アレルヤ・ハプティズムがいる。ミッション終了後、キュリオスが着艦してから既に一時間を越えているが、まだいるのは確かだ。…今回のミッションが、対人ミッションだったから。

「アレルヤ、」

脱衣所を、パイロットスーツを着たままで通り抜ける。同僚と裸で対峙する趣味はないからだ。
一人用に白い壁で仕切られたブースの一番右端に目をやれば、やはりそこだけ水音が止んでいない。
ばたばたと、シャワーの滴が煩くタイルを弾く。

「聞こえているなら、返事くらいすればどうだ」

勢いよく、ブースの中を隠すシャワーカーテンを矧ぐ。こちらもパイロットスーツのまま壁に背を預け足を投げ出し、ぐったりとその場に座り込んでいる男に視線を落とした。
ゆら、とシルバーの瞳が揺らいで、ゆっくり見下ろすティエリアに視線が合わされた。そして、疲れ果てた顔がにこりと笑む。ああ、笑わなくても、良いのに。

「てぃえりあ…今日も、きてくれたの?」

「………」

うれしい、と泣き出しそうに笑うアレルヤが見ていられなくて、それなのに視線を外してはいけない気がして、ティエリアはその場で膝を折り、アレルヤと目線を同じにする。
二人の間を、シャワーノズルから吐き出される細かな水滴が遮る。

「……君は、強くなるべきだ。これは殺人行為ではない。ミッションの遂行だ。顔も知らない誰かを、世界平和という大義の為に殺すことを一々気にしていては、前に進めない」

「…………人を殺すことに何も感じなくなることが前に進むことだというなら、それは嘘だ。…でも、君の言うことは、間違ってないね。僕は、決意、したはずなのに」

そう言って、
アレルヤが手を伸ばしてくる。――この手を、振り払えば良い。分かっている。
自分とアレルヤとの間には、同僚という以外にない。一度誤っただけだ。人を殺す度に苦しそうにしているアレルヤを見ていられなくて(それも、ミッション直後以外は強がるものだから、他の誰もが気付かない)ほんの少し、慈悲のようなものをやった。
そう、今みたいに。

「安心、する」

ずるりとパイロットスーツを上半身だけ脱がされ、その下に着ていた黒色の着衣の上から、アレルヤが耳を押し当てる。胸の辺りに、アレルヤの深い緑色の頭がひたりと引っ付く。
そして、アレルヤは心底安心しきった表情でティエリアの心音を聞くのだ。

「ティエリアの、いきてる音がする。まだ、いきてる。…たくさん、殺したのに」

「……ああ、そうだな」

子供のように、アレルヤがすがりついてくる。背中と腰に腕が回って、ますます密着する。ティエリア、ティエリア、と何度も幼く名を呼ばれた。
自分は何故こんなことを許しているのだろう、とまだ理性では考えているのに、アレルヤを突き放すことさえ出来ない。

(これは同情か、次のミッションの安定を考えての行為か、…それとも、)

だらりと下ろしたままだった腕を上げ、そっとアレルヤの髪を撫でた。
頭を撫でられたことに気付いたアレルヤが、嬉しそうな顔をする。そして今度は、体温が感じたいというように身体を押し付けてきた。首筋に鼻先を埋め、幸せそうにティエリアの細い身体を腕の中に囲い込む。そのまま、ティエリアはアレルヤの頭を撫で続けた。
ただの同僚の、それも男にここまで身体を密着させられて気持ちが良いわけがない。その証拠に、ざわざわと何か背中を這上がるものがある。アレルヤは確かに体格は良いけれど、抱き締められるなんて、気持ちが良いわけがない、とティエリアは自分にしっかりと言いきかせた。

「ティエリア、僕、どうすれば良いのか、分からないんだ。なにをすれば、正解なの?」

悲壮な言葉を聞きながら、そう言うアレルヤが一番傷付いていることも知っていた。だって、そんなの答えは決まっている。分かっていて、聞いているのだ。




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