よろず・しろ

□終わった世界の何処かで
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挨拶は大切だと思った、
あの日を僕はいつまでも思い出す。







『綾波さん、おはよう!』

「…おはよう」


隣の席の彼女に朝の挨拶をして、着席した。

挨拶だけ。
特に会話もないけど、日常の挨拶だけに、
今日が始まった感じだ。





彼女は良く学校を休む、
彼女は良く包帯を巻いている、


何故?どうしたの?とは思うけれど、
聞けずに他のクラスメイトの話を信じた。

巨大ロボットのパイロット。



なんだそりゃ?




そう思っても、どうやら話は本当のようで。
理由を知ったからには、もうそれは話のネタにはならなくて、
なんだか駄目もとでも聞いてみれば良かったと思った。





『綾波さん、おはよう』

「…おはよう」



怪我をしていても、
本を読んでいても、

彼女は何も変わらず、決まった抑揚で僕に挨拶を返す。

いつも変わらず、
僕の顔を見ずに。











そんな彼女に変化が訪れた。


『綾波さん、おはよう』

「………おはよう」

『!』


なんと僕の顔を見て挨拶を返してくれた。
本を読んでいたにも関わらず。


いつも挨拶を返されたら着席する僕だったが、
変化に
驚いて固まってしまい、

綾波さんが不思議そうにこちらを見て、
焦って、何でもないよ!と大袈裟に言って席に座った。

彼女はいつもと変わらず本を再び読み始めた。

変わらないと思っていた彼女が、変わった。

それは僕にとってとても驚くもので、嬉しいもので、

ほんの少し悲しいものだった。



いつもと違うね、どうしたの?って言えれば良かった。

けど、最初の時みたいに答えは分かってたから聞けなかった。

転校生の二人の影響なんだって、嫌でも分かった。

だって僕はこのクラスで彼女と物理的に一番近くにいるから。




挨拶の後に、
今日は暑いね。

とか、
綾波さんはいつも何の本読んでいるの?

とか、とか。


僕でも変えられる事は幾らでもあって、

そうすれば、
この、ほんの少し鼻がつんとする事もなかっただろう。



成せば成るとは限らない、
けれど、
成さねば、成せない。




僕が、彼女の変化に驚いた日。
僕は忘れない。


だって、



次に彼女に挨拶した時、
彼女は元に戻っていたのだから。






『綾波さん、おはよう』

「…おはよう」

『………』


彼女の変化を近くで見ていた僕

何となく、
何となくだけれど、


僕の顔を見て挨拶してくれた綾波さんと、

僕の顔を見ずに挨拶を返してくれた隣に座る綾波さんが、

同じに感じられなかった。




悲しむには、思い出はなく、

訪ねるにも、出来るわけなく、


聞こうにも、
転校生達の姿はなかった。









それでも、

綾波さんは僕に挨拶を返してくれた。

義務かもしれない、誰にだってそうするかもしれない。

けれど、

そうだとしても。




僕は綾波さんと挨拶しあったのだ。








『綾波さん、今日は暑いね』


もしかしたら勘違いかもしれないけれど、
僕は初めましての挨拶の代わりに綾波さんに初めて挨拶の後に話かけた。





初めまして、

おはようございます、


僕はあなたの隣の席の人です。


いつも読んでいる本は何ですか?

本が好きなんですか?


良く包帯を巻いていたけど、痛みませんでしたか?

不便な事はありませんでしたか?




えっと、
ええっと、


色々考えたけれど、




初めましての代わりに使った言葉しか使われなかった。
使えなかった。
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