よろず・しろ

□でんごんばん
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嫌だ、嫌だと、叫ぶ声は、
駄々をこねる子供みたいで、

嫌だよ、と呟いた声は、


祈るようだった。








□でんごんばん□








『もしもし、トーカさん。彼女、いたよ。』

『……うん、分かった。』


通話終了の音は喧騒にかき消された。






とある駅前のオブジェクトは待ち合わせ場所として適して、多くの人が携帯を操作して、待ち人をいまか今かと待ちわびている。


友達とか、恋人とかを







そんな中の一人に近付く、なるべく警戒されないように愛想のいい笑みを浮かべて。

上手く出来てるといいな、






『こんにちは、依子さん』

「えっ、…えっと、」


いきなり声をかけられて驚きを隠せずに慌てる。

そんな彼女は依頼人の親友だった。






『あー、トーカの従兄弟です。一回会った事ありますが、覚えてないですよね?』


勿論、嘘だ。
けれど、一度だけ会ったのは本当。



「あっ!覚えてます!お久しぶりですっ。」

『うん、久しぶり。トーカがいつもお世話になってます』

「そ、そんな事はないですっ!」


慌てる様子や物腰から、本当に良い子だなぁって思った。



もし、この子が喰種だったら、
トーカさんが人間だったなら、


…二人は友達になっただろうか。




トーカさんに、聞いた事がある。
どうやって、あの子と友達になったの?と。


トーカさんは、ややうつ向いて不機嫌そうになった。

“あいつから話しかけてきたんだよ。…ほんと、物好きなやつ”


伏せがちな目は紅くなくて、

只の彼女が、俺の目の前にいた。











『……もう、夏休みも終わりますよ。』

「…知ってます。」

『こんなずっと暑い中立ってたら、日陰でも具合悪くなりますよ』

「大丈夫です」





泣きそうだ、

彼女が。



一応、あの大騒動の後、情報屋として些細な事でも収集するようにした。


喫茶店“あんていく”は喰種が働いていた。

普段なら、ワイドショーで1日位取り上げられて終わりだけど、
一つの区を封鎖する程の、正に大事件。


真相は報じられる事は無く、
情報操作されてコメンテーターが有る事無い事言いふらす。


勿論、高校生の彼女の事も。











『一月は経ちましたけど、まだマスコミいるみたいですね。』

「えっ、」


依子さんが辺りを見回
して、すぐに動きがあった人影がとりあえず二つ。


マスコミだけだといいけど、白鳩だと面倒だ。




『あまり、時間もないんでさっさと済ませますね。』




ああ、嫌な依頼だな。

一回強く目を瞑って、彼女を見て言葉を伝えた。



『“命拾いしたなバーカ、もう会う事ねえから、さっさとどっか行っちまえ”』




彼女が俺に依頼したのは、
この言葉を彼女に伝えろ。と。

言い終わった表情が全く釣り合ってなかったのを覚えてる。






『トーカ、さんの言葉でした。おしまい』


「………」


この子は鈍くはない。俺とトーカさんが従兄妹だという嘘に気付いているんだろう。









俺の前で俯いた彼女達は

同じような表情をしていた。







顔を上げて、

涙をいっぱい貯めた目で俺を見て、


唇を噛み締めて、


こう言うんだ。




“「会いたい」”



言い終わると、ぽろぽろと涙を流して、
拭っても、拭っても溢れ出てきて。

しゃくりあがりそうになる声を抑え込む。

……なんだか、俺まで泣きそうだよ。






頭に手をおいて、


『…ごめん』



慰める事も、現状を変える
事も何も出来やしない。

情報屋以外に何か出来るかやってみたが、

この様だ。





せめて、
彼女達がどうか泣かずにいられるように、

俺も、祈るから。






『依子さん、出来たらでいいんだけど、携帯の番号変えないでいてくれるかな』


どうしてと顔に書いた彼女は、とても人間だった。



『万が一の時用に。』



何時とか何がとか、説明していないのに彼女は悟ったように。


か細い声で、嗚咽混じりに

「ありがっ、と、う」


俺にお礼を言うんだ。









足音が近付くのを察して彼女から手を離した。


『ばいばい、依子さん』





立っていた彼女に軽く足払いをして、
衝撃がないように注意して、その場に尻餅をつくように倒した。


驚いた彼女と俺は、一瞬だけ目が会い。

自然と口が動いた、
“またね”

自然と俺は笑っていた。





振り返って全力でその場から逃げれば、
俺を追おうとしていた奴らの半分が依子さんの安否を確認していた。






他人を利用する事が、
損得を考える事が

躰に染み付いている。


彼女達と接すると、それが鮮明に浮き彫りになるような気がする。


人間だからと適当に言い訳をしているとそれは特に酷くなる。



……会いたい、か。


彼ならこんな俺をどう見るんだろう、
弱いまま強い人の皮を被ろうとした彼ならば、



…強くなろう、もっと、
今よりも、


彼に会うために、
彼女達が会うために、



また、あの人達のコーヒが飲めるように。








(………依子さんに足払いしたのは、黙っていよう。
確実にトーカさんに殺されるっ)



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